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第18話 白いローブの“声”

 エリナは騎士たちに毛布をかけられ、医務室の隅で温かい湯を飲んでいた。

 泣いたせいで鼻は赤い。でも、呼吸は落ち着いている。


「先生……私、捕まるの?」

「捕まりません。あなたは助けを求めた。――それは強いことだよ」

 私が言うと、エリナは小さく頷いた。


 ローガンが壁にもたれて腕を組む。

「問題は、“言ったやつ”だな。顔を見てない、声だけ……」

 マルタが眉をひそめる。

「声なら、覚えてない? 高い? 低い? 特徴とか」


 エリナは唇を噛み、必死に思い出そうとする。

「……優しい声でした。すごく。怒らない、安心する声で……なのに、言ってることは怖くて……」

 私はそこで、胸の奥が嫌な形でひやりとした。


(“安心する声”で、人を動かすタイプだ)


 フィンがぽつりと言う。

「先生……それ、神官の声に似てたりしない?」

「まだ決めつけない。でも……似てる可能性はあるね」


 そのとき、外から騒がしい足音がした。

 扉が開き、皇帝カイゼルが入ってくる。目が冷たい。怒りを押さえているときの目だ。


「温室の鍵を持つ者を洗った」

 私は思わず言いそうになるのを飲み込んだ。

(“洗った”は、制度っぽい……でも、ここは簡単に言い換えよう)


 皇帝は続ける。

「鍵を触れる者は限られている。……宮廷の中だ」


 ローガンが低く唸る。

「やっぱり内側か」


 私は深呼吸して、言葉を選んだ。

「“内側”なら、なおさら気をつけよう。相手は、子どもや侍女を使う。きっと次も“弱いところ”を狙う」


 皇帝が私を見る。

「お前の弱いところはどこだ」

「……睡眠」

「違う」

 皇帝は即答した。

「お前は、優しすぎる」


 私は苦笑する。

「優しさは弱点じゃないよ。使い方を間違えると危ないだけ」

 皇帝はそれ以上言わず、外套の襟を指で整えた。――私にかけた外套を、まだ返していない。


 そこへ、コンコン、と控えめなノック。

 扉が少し開いて、白いローブの神官が顔を出した。


「失礼いたします。昨夜、礼拝堂で不穏なことがあったと聞きました」

 その声は、落ち着いていて、優しい。

 エリナの肩が、びくりと跳ねた。


 私はすぐ気づく。エリナは“声”を覚えている。

 エリナの指が、私の袖をつまむ。小さく震えている。


「……その人……」

 小さな声が、喉の奥で途切れそうになる。

 私は手の甲で、そっと“呼吸して”の合図を送った。


 神官は穏やかに微笑んだ。

「皆さまの眠りが乱れていると耳にしました。神殿の香を……」

「いりません」

 皇帝の声が、氷みたいに落ちる。

「もう、いりません」


 神官は驚いた顔を作る。

「陛下、私はただ――」

「ただ、何だ」

 皇帝は一歩前に出る。

 私はすぐ横に立って、皇帝の“冷たさ”が刺さらないように声を足した。


「神官さま。質問です。月蜜花の香り、知ってますか?」

 神官のまばたきが、一瞬遅れた。

「……もちろん。祈りに使うこともあります」

「昨夜、その香りが温室から持ち出されました。何か心当たりは?」

「ありません。神殿はそのような――」


 そのとき、エリナが、震えながら一歩前に出た。

「……その声……」

 神官の視線が、エリナに止まる。ほんの一瞬だけ、笑みが薄くなる。


「……あなたは?」

「私、エリナ……侍女です……」

 エリナは息を吸って、吐いて、言葉を繋いだ。

「その声の人に……『置くだけでいい』って言われた……。家族を……って……」


 広間の空気が凍った。

 皇帝が低く言う。

「脅したのか」

「誤解です」

 神官の声はまだ優しい。だからこそ、ぞっとするほど滑らか。


「私は“導いただけ”。眠れない者に、安らぎを――」

「安らぎじゃない」

 私ははっきり言った。

「眠りを奪うやり方は、救いじゃない」


 神官は微笑んだまま、私を見た。

 そして、ちりん。

 どこからともなく、鈴の音がした。


 神官の腰元で、小さな鈴が揺れている。


 皇帝の目が、完全に冷えた。

「……その鈴を外せ」

 神官は一瞬だけ、目を細め――また穏やかに笑った。


「陛下。あなたは眠るべきではありませんよ」


 その言葉が、黒い札より怖く聞こえた。

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