第162話 確認だけ、のはずが
「確認だ。お前が頼める。私は応える。それだけだ」
昨夜のカイゼルの言い方は、確定みたいに聞こえた。
“それだけ”が、いちばん強い。
……だから今日は、私は先に逃げ道を作る。
朝、医務室の前。
黒板の前でフィンが腕を組んで待っていた。
「先生、今日のテーマ!“確認だけ”!」
「テーマにするな!」
ローガンが咳払いで笑いを隠す。
「先生、もう日課だな」
「日課にしないでください!」
マルタが腕を組んで淡々と言った。
「日課。回復に良い」
扉を開けると、カイゼルがいる。
腕章『先生係』。今日もぴしっ。
そして――今日は珍しく、手に小さな紙がある。
『本日の確認:それだけ』
「……陛下」
「ここだ」
「紙、出してます」
「確認だ」
「確認を紙にしないでください!」
フィンが肩を震わせる。
「先生、陛下、また可視化してる」
「可視化しないで!」
私は白いリボンを揺らして、先に宣言した。
「今日は、確認だけ。余計な言葉は禁止」
「禁止という言い方はやめろ」
「控えてください!」
「控える」
即答。素直。怖い。
診察開始。
「ここ。吐こう。長く」
息が戻る。肩が落ちる。
今日は静か。
カイゼルも紙を引っ込めて、目で一回だけ「はい」。
よし、確認だけ。平和。
……平和は、午前の終わりまでだった。
若い騎士が診察を終えて、出口で立ち止まった。
「先生……俺、頼むの、まだ怖いです」
声が小さい。肩が上がってる。息が浅い。
「怖くていい」
私は机の端を軽く叩いて言った。
「まず息。ここ。吐こう。長く」
騎士が息を吐く。少しだけ戻る。
「“確認”って言葉、知ってる?」
「……はい」
「相手が嫌かどうか、確かめること」
私はゆっくり言う。
「お願いの前に、“今いい?”って聞く。それが確認」
騎士が目を丸くする。
「……それなら、言えそう」
「うん。言える」
窓の近くで、カイゼルが静かに頷いた。
今日は言葉を出さない。偉い。
昼休み。
私は廊下で水を飲みながら、カイゼルに小声で言った。
「陛下、紙は無しでお願いします」
「分かった」
即答。素直。怖い。
午後。
私は薬草の束を運ぼうとして、腕がぷるぷるした。
重い。
隣の気配が動きかけて止まる。
“頼め”の顔。
……今日は、確認からやる。
私は息を吐いて言った。
「陛下、今いいですか」
言えた。
我ながらえらい。
カイゼルが一拍置いて答える。
「いい」
たった一言。
それだけなのに、胸の奥がほどける。
私は続けて言った。
「お願い。持ってください」
「分かった」
箱が軽くなる。
私の心臓は軽くならないけど、落ち着く。
フィンが扉の向こうで小声で叫ぶ。
「先生、確認から入った! 上手い!」
「聞いてたの!?」
ローガンの咳払いが笑いになり、マルタが淡々と頷く。
「回復」
私は顔が熱くなって、でも仕事に戻ろうとした。
……そのとき。
カイゼルが、ほんの少しだけ声を落とした。
「私も、確認していいか」
来た。
確認だけ、のはずが。
私は反射で息を吐いた。長く。戻れ。
「……何をですか」
「今」
低い声。
「隣にいていいか」
言い方が、ずるい。
命令じゃない。お願いでもない。
確認。
断れるはずなのに――断りにくい、ちょうど良さ。
私は白いリボンを握りしめて、小さく頷いた。
「……いいです」
その瞬間、カイゼルが静かに息を吐いた。
長く。
私の真似みたいに。
確認だけ、のはずが。
確認から始めると、返事が増える。
……そして私は、その増える返事に、少しずつ慣れてしまっている。




