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第161話 確定の音に弱い

「よく、言った」

 昨夜の短い褒め言葉が、朝まで胸の奥に残っていた。

 残り方が、静か。

 静かなのに、確実に効く。

 ……だから私は、確定の音に弱い。


 医務室へ向かう廊下で、フィンがすでにニヤついていた。

「先生、昨日“あとで”回収されたんだって?」

「回収って言うな!」

「回収できるのすごい」

「すごくない!」


 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、約束は守らないとな」

「約束って言わないでください!」

 マルタが腕を組んで淡々と言った。

「先生、確定に弱い」

「弱くない!」


 扉を開けると、カイゼルがいる。

 腕章『先生係』。今日もぴしっ。

 そして今日は、紙も札もない。

 ……なのに、目が言っている。

(今日は、確定させない)


「おはよう」

「おはようございます」

 私は先に言った。

「今日は、確定させないでください」

「確定?」

「“あとで”とか、“約束”とか」

「……分かった」

 即答。素直。怖い。


 診察開始。

「ここ。吐こう。長く」

 息が戻る。肩が落ちる。

 今日は静か。

 カイゼルも、言葉を選んでいるのが分かる。珍しい。


 午前の終わり。

 若い騎士が診察を終えて、出口で立ち止まった。

「先生……あの、また今度、話してもいいですか」

 私は頷いた。

「いいよ。今度、って言うなら、相手の都合を聞く」

「はい」

 騎士が少し落ち着いた顔で出ていく。


 窓の近くで、カイゼルが目で一回だけ「はい」。

 ……その“はい”が、また確定の音に聞こえそうになって、私は慌てて息を吐いた。

 長く。戻る。


 昼休み。

 私は机の整理をしていた。

 指先が止まる。

 昨日の「よく、言った」が浮かぶ。

 浮かぶと、続きが欲しくなる。

 欲張りは危険。分かってるのに。


 そのとき、カイゼルが低い声で言った。

「今日は、言わない」

「……何を」

「確定する言葉」

「偉いです」

 私はつい言ってしまった。

 しまった。褒めた。配布。


 フィンが廊下で肩を震わせる。

「先生、褒めた!」

「褒めてません!」

 ローガンの咳払いが笑いになる。

 マルタが淡々と締めた。

「褒めた」


 カイゼルは真顔のまま、でも少しだけ目を細めた。

「……お前も、よく」

「そこで“よく”を出さないでください!」

「出す」

「出すな!」


 午後。

 棚の前で私は小瓶を並べていた。

 ひとつだけ、ラベルが剥がれかけている。

 直そうとしたら、背後の気配が動きかけて止まる。

 我慢している。偉い。

 ……その我慢を見て、私はまた弱くなる。


「陛下」

「ここだ」

「……手伝ってください」

 言えた。

 心臓が跳ねたけど、言えた。


 カイゼルは一拍置いて、静かに言った。

「頼みか」

「頼みです」

「分かった」


 ラベルを押さえる手が、近い。

 近いのに、ほどほど。

 その距離がちょうどよくて、胸の奥が落ち着く。悔しい。


 作業が終わり、カイゼルが手を引いた。

 引いた瞬間、空気が少し寒い。

 ……寒いって思ってしまったのが、もっと悔しい。


「先生」

 フィンが小声で言う。

「今の、確定の音した」

「してない!」

「した」

「しない!」


 カイゼルが低く言った。

「確定ではない」

「じゃあ何ですか」

「……確認だ」

「確認?」

「お前が頼める。私は応える。それだけだ」


 それだけ、のはずなのに。

 その言い方が、いちばん確定して聞こえる。

 私は確定の音に弱い。

 だから今日も、長く息を吐いて、戻った。

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