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第160話 「あとで」が確定する音

「あとでなら、いいです」

 昨日の私の返事は、確かに“確定”だった。

 言った瞬間、空気が「決まり」と鳴った気がする。

 音はしないのに、確定する音がする。最悪。


 朝。

 医務室の扉の前でフィンが肩を揺らしていた。

「先生、“あとで”って言っちゃったんだって?」

「言ってない!」

「言ったって皆が」

「皆って誰!」

 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、砦は壁が薄い」

「薄くしないで!」


 マルタが腕を組んで淡々と言った。

「薄い。皇帝の声、通る」

「通らないでください!」


 扉を開ける。

 カイゼルがいる。腕章『先生係』は今日もぴしっ。

 そして今日は、何も言わない。紙も札もない。

 ……なのに目が言っている。

(あとで)


「おはよう」

「おはようございます」

 私は白いリボンを握りしめて言った。

「今日は“あとで”禁止」

「禁止という言い方はやめろ」

「控えてください!」

「控える」

 即答。素直。怖い。


 診察開始。

「ここ。吐こう。長く」

 息が戻る。肩が落ちる。

 今日は静か。患者も静か。皇帝も静か。

 ……平和。

 ――なのに、私の心臓だけが“あとで”を数えてる。やめて。


 昼前。

 若い騎士が診察を終えて、出口で小さく言った。

「先生、俺も……“あとで話したい”って言っていいですか」

 私は手を止めた。

 冗談じゃない。言葉が広がってる。

 でも、これは悪い広がりじゃない。


「言っていい」

 私は白いリボンを揺らす。

「ただし、相手の都合も聞く。押しつけない」

 騎士が真面目に頷く。

「……はい」

 戻った。よし。


 窓の近くでカイゼルが目で一回だけ「はい」をする。

 その“はい”が、また確定の音みたいに聞こえてしまう。

 ……やめて。


 夕方。

 診察が終わって、医務室の灯りを落とした。

 廊下に出ると、やっぱりいる。

 待つ顔。待つ姿勢。待つ呼吸。

 待つのが得意な皇帝。


「……先生」

 低い声。

「約束だ」

「約束って言わないでください!」

「言う」

「言わないで!」

「……では」

 カイゼルが少しだけ声を落とす。

「昨日の“あとで”だ」


 私は長く息を吐いて、逃げ道を探した。

 逃げ道はない。私が作った言葉だから。


「分かりました」

 私は白いリボンを整えるふりをして誤魔化した。

「……どこで」

「ここで」

「廊下はやめてください!」

「なら、医務室」

「診察終わってます」

「終わっているからいい」

「理屈が皇帝!」


 結局、私は医務室の扉をもう一度開けた。

 灯りは薄いまま。静か。

 机も椅子も、いつものまま。

 でも空気だけが、違う。


 カイゼルが椅子の横に立った。座らない。

 私も座らない。なんとなく。

 沈黙が伸びる。

 長く息を吐きたくなるけど、今吐いたら心臓がバレる。


「……何を話すんですか」

 私が先に言うと、カイゼルは一拍置いた。


「お前が」

 低い声。

「隣にいると、戻る」

「昨日も聞きました」

「だから言う」

「何回も言わないでください」

「言う」


 私は息を吐いて、笑ってしまった。

 確定の音が、また鳴る。


「じゃあ、私も言います」

「言え」

「陛下が……少しだけ疲れてるって言ってくれたの、嬉しかったです」

 言った瞬間、顔が熱い。

 自分で墓穴を掘っている。


 カイゼルの目が、少しだけ柔らかくなった。

「……そうか」

 そして短く。

「よく、言った」


 私はもうだめだと思って、長く息を吐いた。

 “あとで”が確定する音は怖い。

 でも、その“あとで”にしか言えない言葉があるのも――悔しいけど、事実だった。

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