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第156話 机の前で言えばセーフ、じゃない

 昨日の結論はこうだった。


『お願いは、仕事のときだけ』


 ……なのに、カイゼルは言った。

「仕事だ。先生係の仕事」

 そして最後に、机の前で。


 もう、頭が痛い。


 朝。

 医務室の前に立つと、黒板は今日も健在だった。

 誰だ、黒板に根を張ったのは。たぶんフィン。


 フィンが元気よく手を挙げた。

「先生! 今日のテーマ!“机の前ならセーフ?”」

「テーマにしないで!」

 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、裁判が始まりそうだな」

「裁判じゃありません!」

 マルタが腕を組んで淡々と言った。

「判決は出てる。セーフじゃない」


「ありがとうマルタ!」

 私が即答した瞬間、静かな足音が来た。


 カイゼル。腕章『先生係』。ぴしっ。

 黒板を見て、短く言う。


「セーフだ」

「セーフじゃありません!」

「机の前で言った」

「場所の問題じゃありません!」

「……では」

 カイゼルが一拍置いて言う。

「何が問題だ」


 真面目に聞くの、ずるい。

 私は深呼吸して、医師の声で説明した。


「お願いは、相手が断りやすいようにする言葉です」

「断れる」

「断れません!」

「断れる」

「断れない!」

 ローガンの咳払いが爆発しそうになり、フィンが肩を震わせ、マルタが天井を見る。


 私は白いリボンを握りしめて続けた。

「陛下が言うと、“お願い”じゃなくて“確定”になります」

 カイゼルが少しだけ眉を動かす。

「確定ではない」

「確定です!」

「……なら」

 カイゼルが淡々と言った。

「断りやすくする」


「どうやって」

「距離を取る」

「取ってください!」

 私は即答した。


 その結果――

 カイゼルは、距離を取った。


 診察中。

 私は「ここ。吐こう。長く」とやっている。

 その背後、廊下の端。

 カイゼルが、めちゃくちゃ遠い位置に立っている。

 遠すぎて影が薄い。薄いのに圧だけ残っている。なんで。


 フィンが小声で言った。

「先生、陛下、距離の取り方が極端」

「ほんとそれ!」

 ローガンが咳払いでぼそっと言う。

「先生係、遠距離対応だな」

「対応って言わないで!」


 昼休み。

 私は廊下でカイゼルを呼び止めた。

「陛下、距離、取りすぎです」

「断りやすいだろ」

「断りやすいけど、落ち着きません!」

「落ち着かないのか」

「落ち着きません!」

 カイゼルが一拍置いて、少しだけ声を落とした。

「……なら近づく」

「近づきすぎないでください!」

「ほどほどにする」

「最初からそれでお願いします!」


 午後。

 “ほどほど”の距離で、カイゼルが医務室の隅に立つ。

 それだけで空気が整う。悔しいけど、助かる。


 片付けの最中、私は薬草棚の前で背伸びをしていた。

 届かない。

 隣の影が動きかけて止まる。

 “頼め”の顔。


 私は息を吐いて、普通に言った。

「陛下、お願い。取ってください」

「分かった」

 カイゼルが瓶を取って、そっと渡す。


 その直後、カイゼルが……机の前に立った。

 わざわざ。机の前に。


「……お願い」

 低い声。

「……隣にいろ」


「だから机の前でもアウトです!」

 私が叫ぶと、フィンが吹き出し、ローガンの咳払いが完全に笑いになり、マルタが淡々と締めた。

「先生、学習してない」


 カイゼルは真顔で言う。

「学習した」

「どこが!」

「断れるように、距離を取った」

「距離じゃなくて内容です!」

「内容は変えない」

「変えてください!」

「変えない」


 私は長く息を吐いた。

 机の前で言えばセーフ、じゃない。

 距離を取ればセーフ、でもない。

 ……結局、皇帝のお願いは、どこで言っても“反則”だった。

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