第154話 頼み方教室が開講してしまう
「お願い。持ってください」
昨日、私は若い騎士に“頼み方”を教えた。
ただそれだけのつもりだった。
……砦の人たちは、ただそれだけで終わらせない。
朝、医務室の扉を開けた瞬間、私は固まった。
廊下に黒い板みたいなものが立っている。
そして、でかい字。
『本日の講座:頼み方』
「……誰が立てた」
私が呟くと、フィンが元気よく手を挙げた。
「俺!」
「手を挙げないで!」
「先生が教えてくれるって聞いたから!」
「聞いてない!」
ローガンが咳払いで笑いを隠す。
「先生、開講おめでとう」
「おめでたくない!」
マルタが腕を組んで淡々と言った。
「必要。皆、頼めない」
「必要なのは分かるけど、勝手に開講しないで!」
そこへ静かな足音。
カイゼルが現れた。腕章『先生係』。今日もぴしっ。
黒板を見て、眉がほんの少し動く。
「……講座?」
「違います!」
私が即答すると、フィンが胸を張る。
「先生の“頼み方”は砦の宝です!」
「宝にしないで!」
カイゼルが低く言った。
「宝は私のものだ」
「言わないでください!」
ローガンの咳払いが爆発寸前。
マルタが天井を見る。
「皇帝、独占欲」
私は白いリボンをぎゅっと握って、医師らしく線を引いた。
「いいですか。講座は短く。診察の邪魔をしない」
全員が真面目に頷く。真面目すぎて怖い。
「そして内容は、呼吸から」
「はい!」
返事が軍隊。
私は黒板に書いた。大きく。
『1 息を吐く(長く)』
『2 短く言う(お願い)』
『3 具体的に言う(持ってください)』
……数字を書きかけて、慌てて消した。
ダメだった。制度や数字はやめる約束。
私は即座に言い直した。
「順番です。最初に息。次に“お願い”。最後に、何をしてほしいか」
フィンが口を押さえて頷く。
ローガンが咳払いで笑いを隠す。
マルタが淡々と頷く。
実演が始まった。
騎士が真顔で私に向かって言う。
「先生……お願い。持ってください」
「何を!」
私が突っ込むと、騎士が慌てて周りを見る。
「えっと、椀」
「椀なら自分で持てます!」
フィンが大笑いしそうになって口を塞ぎ、ローガンが咳払いを笑いに変え、マルタが真顔で言う。
「具体性が足りない」
そこへ、低い声。
「私に言え」
カイゼルだ。真顔で、当然みたいに。
「陛下、講座に参加しないでください!」
「参加する」
「するな!」
「お前が教えた。なら私も学ぶ」
「学ばなくていい!」
カイゼルが私の前に一歩出て、低く言う。
「……お願い」
周囲が息を呑む。
「……隣にいろ」
「講座の内容が変わってます!」
私が叫ぶと、廊下のあちこちで咳払いが連鎖した。
フィンが肩を震わせ、ローガンが咳払いを爆発させ、マルタが淡々と締める。
「先生、授業崩壊」
私は額を押さえて、でも逃げずに息を吐いた。
長く。戻る。
そして、医師としてまとめる。
「いいですか! “お願い”は大事。でも、場所と相手を選ぶ!」
全員が真面目に頷く。
カイゼルだけが真顔で言った。
「相手は選んだ」
「言わないでください!」
結論。
頼み方教室は、開講してしまった。
そして一番熱心な受講者が、皇帝だった。




