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第15話 鈴の持ち主

 朝。窓を開けると、冷たい空気がすっと入ってきた。

 昨夜の“ちりん”が、まだ耳の奥に残っている。


 皇帝カイゼルは――ちゃんと眠っていた。少しだけ顔色が柔らかい。

 それでも、私を見る目は相変わらず鋭い。


「行くぞ」

「行きません」

「……行く」

「行きます“が”、陛下は後ろ。走らない、怒鳴らない、無理しない」

「子ども扱いだな」

「患者扱いです」


 結局、私とローガン、マルタで礼拝堂へ向かい、皇帝は少し離れた場所で見守る形になった。納得していない顔だったけど、約束は守る人だ。


 礼拝堂の扉を開けると、ひんやりした空気と、薄い花の匂い。

 甘い。昨日と同じ匂いが、ほんの少しだけ。


「ここだね」

 マルタが眉をひそめる。ローガンは無言で周りを見回した。


 祭壇の横に、鈴が吊ってある。祈りの合図に鳴らすものらしい。

 でも――一本だけ、紐が新しい。付け替えた跡。


「この鈴、昨日より軽い音だ」

 私が言うと、ローガンが頷いた。

「……ちりん、ってやつだな」


 背後から、かすかな足音。

 白いローブの少年が、顔を青くして立っていた。指先が震えている。鈴の紐を握っていた。


「……あ、あの、違うんです。ぼくは、言われただけで……」

「大丈夫。まず、息」

 私は少年の前にしゃがみ、ゆっくり言う。

「鼻で吸って、口で吐く。……そう。怖いときほど、ゆっくり」


 少年の肩が少し下がった。

「名前は?」

「……ルーク」

「ルーク。誰に言われたの?」

「分かりません。顔は見えなくて……でも、“花の袋を鈴に結べ”って。そうすれば、皇帝が眠れなくなるって……」


 私は鈴の紐をそっとほどいた。結ばれていた小さな袋から、甘い匂いが強くなる。

「これだ」


 マルタがすぐに布で包み、匂いが広がらないように押さえた。

 ローガンが低く言う。

「子ども使ってんじゃねぇよ……」


 その瞬間、礼拝堂の奥で布が揺れた。誰かが柱の影へ滑り込む。

 ローガンが一歩踏み出しかけたが、私は手で止めた。


「追わない。転んだら危ない」

 そして、皇帝の方を見ないようにしながら、声を張る。

「逃げる人ほど、戻ってきます。……次は、逃げ場をなくせばいい」


 ルークが泣きそうな顔で言った。

「ぼく、ひどいことを……」

「ひどいことをしたい子には見えないよ。だから大丈夫。話してくれて助かった」


 礼拝堂を出ると、皇帝がすぐ近くまで来ていた。約束は守って、走ってはいない。

 でも目が、怒りで冷えている。


「子どもを使ったのか」

「そうみたいです。だからこそ、止められます」

 私は皇帝を見上げて言った。

「陛下。怒りはあとで。今は、眠りを守るほうが先」


 皇帝は一瞬だけ口を結び――それから、短く頷いた。

「……分かった。お前の順番に従う」


 その言葉が、なぜか胸に残った。

 鈴の音は見つけた。匂いの袋も回収した。ルークも守れた。

 でも、あの“影”はまだどこかにいる。


(次は、もっと近いところから来るかもしれない)


 私は息を吸って、ゆっくり吐いた。

 夜に負けないために、今日できることを、ひとつずつ。

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