第147話 続きの続きは禁止
昨日、カイゼルは言った。
「よく、戻した」「よく、守った」「よく、笑った」
三つ。
短いのに、胸の奥に居座る。
居座ったまま、朝になった。
そして私は気づいてしまった。
続きがあると、人は欲張る。
続きの続きが欲しくなる。
……最悪。
医務室の扉を開けると、フィンがすでに待ち構えていた。
「先生! 今日、続きの続きある?」
「ありません!」
「即答!」
「煽らないで!」
ローガンが咳払いで笑いを隠す。
「先生、もう周囲が“続きを待つ”のに慣れてきたな」
「慣れないでください!」
マルタが腕を組んで淡々と言った。
「先生、欲張りは危険」
「欲張ってません!」
そこへ静かな足音。
カイゼルが入ってくる。腕章『先生係』は今日もぴしっ。
そして、手に――また札。
『続き(控えめ)』
「……陛下」
「ここだ」
「控えめって何ですか」
「お前が驚くからだ」
「驚かないで済むようにしないでください!」
フィンが口を押さえて肩を震わせる。
「先生、陛下、優しさの方向が罠」
「罠にしないで!」
診察開始。
「ここ。吐こう。長く」
患者が息を吐く。肩が落ちる。
……今日は平和だ。続きは出ない。出ないぞ。
――出た。
患者が帰り際に、ぼそっと言ったのだ。
「先生、俺も……“よく”って言われたい」
私は固まった。
ローガンの咳払いが爆発寸前。
フィンが「来た」と顔で言い、マルタが天井を見た。
そしてカイゼルの目が、ぴたりと私に刺さる。
(ほら)
「言いません」
私は即答した。
「でも」
「でもじゃありません。今日は吐けた。それで十分」
騎士がしゅんとして出ていく。ごめん。でも配布したら終わる。
窓の近くから低い声。
「良い」
「褒めないでください!」
「褒める」
「やめて!」
昼休み。
私は紙を一枚、机に置いた。
大きく書く。
『“よく”は先生の気分で』
フィンが覗き込む。
「先生、また気分って逃げ道作った」
「逃げ道じゃありません!」
マルタが頷く。
「逃げ道」
「逃げ道じゃない!」
カイゼルが紙を見て、一拍置いて言った。
「私の分は」
「ありません」
「ある」
「ない!」
「ある」
「やめてください!」
「……頼む」
柔らかい。反則。
私は息を吐いて、折れそうになるのを堪えた。
「陛下、条件」
「聞く」
「“よく”は、私が本当に疲れた日にだけ」
「毎日だ」
「毎日じゃありません!」
「……では」
カイゼルが少しだけ眉を寄せる。
「お前が“疲れた”と言った日にする」
「……それは昨日と同じ」
「同じが良い」
ずるい。
真面目に“同じが良い”って言うの、ずるい。
私は頬が熱くなって、白いリボンを握った。
夕方。
診察が終わって、私は椅子に座ったまま動けなくなった。
疲れた、とは言っていない。
言ってないのに、隣の影が近づく。
「……疲れたか」
「疲れてません」
「嘘だ」
「嘘じゃありません」
「目が」
「目が?」
「疲れてる」
私は反射で瞬きをした。
一回。
それだけで、カイゼルの口元が少し緩む。
……言葉を出さないのに、返事が出てる。ずるい。
「今日は、言わない」
カイゼルが低く言う。
珍しい。
「……どうして」
「お前が禁止した」
「禁止してません。条件です」
「条件だ」
カイゼルが小さく頷く。
「守る」
守る。
その一言が、なんだか嬉しくて、私はさらに困った。
続きの続きは禁止――できない。
でも、守られると弱い。
私は長く息を吐いて、思った。
(明日、私が欲張らなければいい)
……欲張らない自信は、なかった。




