表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/167

第139話 禁止をやめたら増えた

「禁止令は増えるほど抜け道が増える」

 マルタの言葉が、昨日から頭に刺さっていた。

 刺さったまま、抜けない。正しいから。


 だから私は決めた。

 今日は、禁止をやめる。

 ……自分の心臓が持つ範囲で。


 朝、医務室の扉を開けると、カイゼルが立っていた。

 腕章『先生係』。胸元『ほどほど』。そして小札『黙る:努力中』。

 増えてる。増えてるけど、今日は突っ込まない。禁止しない。私は大人。


「おはよう」

「おはようございます」

 私は深く息を吐いて、言った。

「今日から、禁止しません」

 カイゼルが一拍置いて瞬きをした。

「……許すのか」

「許すって言い方はやめてください。私が疲れたんです」

「疲れたなら、休め」

「その言い方がもう甘い!」


 フィンが口を押さえて震える。

「先生、開始五秒で顔赤い」

「赤くない!」

 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「赤い」

 マルタが淡々と頷いた。

「赤い」


 私は白いリボンを揺らして、話を打ち切った。

「はい、診察します!」


 患者が入ってくる。

「ここ。吐こう。長く」

 息を吐く。肩が落ちる。

 窓の近くの影――カイゼルが、今日は紙も札も出さず、ただ目で「はい」をする。


 私は、止めない。

 止めない代わりに、息を吐く。

 顔が熱くなっても、仕事に戻る。

 これが私の“ほどほど”。


 ……ところが。


 禁止しないと、逆に増えた。


 患者が帰るとき、カイゼルが小さく言った。

「よく戻った」

 声、出てる。

 でも私は止めない。止めないぞ。


 次の患者。

 カイゼルは何も言わず、私の椀を手元に寄せる。

 次の患者。

 外套の内側の結び目に指先を当てて、ほんの少しだけ口元を緩める。

 次の患者。

 私の机の端に、薬草の袋をそっと置く。


 全部、控えめ。

 なのに、全部、刺さる。

 禁止してないから余計に刺さる。


「先生」

 フィンが小声で囁いた。

「禁止ないと、陛下、遠慮して優しくなる」

「遠慮してこれなんですか!」

 ローガンが咳払いで言う。

「普段はもっとだろ」

「やめてください!」


 昼休み、私は椀を持って廊下へ出た。

 カイゼルが当然みたいに隣へ来る。歩幅が合う。息の速度も合う。悔しい。


「……陛下」

「ここだ」

「今日は、ほどほどに、って札」

「必要だ」

「いらないです」

「いる」

「いりません!」

「なら外す」

 カイゼルが腕を上げて札に触れ――ない。止まる。

「……やめろと言うか?」

「言いません」

「本当に?」

「本当に」

「……なら外す」


 札が外れた。

 小札『黙る:努力中』も外れた。

 胸元が少しだけすっきりする。

 私の胸元は、すっきりしないけど。


 その瞬間、フィンが駆け込んできた。

「先生! 大変!」

「怪我?」

「違う! 陛下が札外した!」

「緊急の種類が違う!」


 ローガンが咳払いで笑う。

「先生、砦のニュース担当がいるな」

 マルタが淡々と締めた。

「先生、禁止やめたら、増えたのは“騒ぎ”だ」


 私は息を吐いて、白いリボンを揺らした。

 禁止はやめた。

 抜け道も減った。

 でも――甘さは減ってない。むしろ、ちゃんと届く分だけ増えた気がした。


 カイゼルが私を見て、低く言う。

「今日は、いい日だな」

「……そうですね」

 言ってしまってから、頬が熱くなる。

 禁止をやめたら、返事が増えた。

 そして私の“うっかり返事”も、増えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ