第135話 先生係、業務過多
腕章『先生係』は、まだ消えていない。
というか、日に日に“堂々として”きている気がする。
文字が濃い。姿勢も濃い。存在感も濃い。
朝、医務室の扉を開けると、カイゼルがもう立っていた。
腕章ぴしっ。外套さらり。真顔。
……そして、私を見る目だけが甘い。やめて。
「おはよう」
「おはようございます。……陛下、それ外して」
「外さない」
「朝の挨拶より先に言わせないでください!」
フィンが後ろで小声。
「先生、陛下、今日もやる気」
「やる気を向ける先が違う!」
ローガンの咳払いが、すでに笑いの準備運動みたいになっている。
マルタは腕を組んで天井を見た。
「先生、諦めろ」
「諦めません!」
診察が始まる。
私は白いリボンを揺らす。
「ここ。吐こう。長く」
騎士が息を吐いて、肩が落ちる。よし。
……よし、の直後に、先生係が動いた。
カイゼルが無言で、患者の椅子の位置を少し直した。
背もたれの角度を整える。
窓を指一本分だけ開ける。
椀を私の手元へ寄せる。
すべて静かに。すべて正確に。
……そして全部、やりすぎ。
「陛下」
「ここだ」
「それ、仕事じゃないです」
「仕事だ」
「仕事にしないでください!」
患者が恐る恐る言った。
「先生……陛下、手際よすぎません?」
「見ないで」
私が即答すると、患者がさらに姿勢を正す。
「はい!」
返事が軍隊。
ローガンが廊下で咳払いをしながら言う。
「先生係、衛生係も兼ねたな」
「兼ねてません!」
マルタが淡々と追い打ちする。
「兼ねてる。椅子が揃ってる」
「揃えなくていい!」
午前が終わるころには、私は逆に疲れていた。
忙しいのは私のはずなのに、隣が動きすぎて目が追いつかない。
昼休み、私はついに言った。
「陛下、業務過多です」
「過多ではない」
「過多です!」
「お前が足りない」
「何が足りないんですか!」
「休み」
「……」
一瞬、言葉が詰まった。
ずるい。そこだけ真面目で優しい。
私は息を吐いて、声を落とす。
「休みは……取ります。ちゃんと」
「うん」
カイゼルが頷く。頷き一回。律儀。
……その頷きに、つい私も“目で”返事をしてしまいそうになった。
危ない。一日一回のやつが漏れる。
「じゃあ、先生係の仕事、減らしてください」
私が言うと、カイゼルが少しだけ眉を動かした。
「減らす」
「本当ですか」
「本当だ」
「じゃあまず、椅子を直すの禁止」
「禁止という言い方はやめろ」
「控えてください」
「控える」
……素直。怖いくらい素直。
その午後。
カイゼルは“控えた”。
控えた結果、どうなったか。
私が椀を取ろうとして指を滑らせた瞬間、カイゼルの手が出かけて――止まる。
止まって、拳を握りしめて我慢している。
「……陛下」
「控えている」
「控えすぎです!」
「控えろと言った」
「そうですけど!」
フィンが口を押さえて震える。
「先生、陛下、我慢の方向が極端」
「ほんとそれ!」
ローガンが咳払いで笑いを隠せず言った。
「先生係、今、手がピクピクしてるぞ」
「見ないで!」
私は額を押さえ、結論を出した。
「分かりました。こうしましょう」
「聞く」
「先生係は、“私が頼んだときだけ”動く」
カイゼルが一拍置いて頷く。
「分かった」
「勝手に動いたら、腕章没収」
「没収という言い方はやめろ」
「外します」
「外さない」
「外します!」
「……考える」
考える、で済ませるのがずるい。
私は長く息を吐いた。
先生係は、業務過多。
でもそれは、私を楽にしたい気持ちが過多、ってことでもある。
悔しいけど――少しだけ、ありがたい。
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