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第134話 先生係の腕章が消えない

 朝、医務室の扉を開けた瞬間、私は見てしまった。

 カイゼルの腕に、黒い腕章。白い文字で堂々と――


『先生係』


「……陛下」

「ここだ」

「それ、なんですか」

「任命された」

「誰に!」

「私が、私を」

「自作自演!」


 背後でフィンが息を呑み、ローガンの咳払いが笑いに変わりかけた。マルタは腕を組んで天井を見ている。

「先生、もう駄目だ」


「駄目じゃありません!」

 私は腕章を指さした。

「外してください」

「外さない」

「なんで!」

「先生係だからだ」

「理由になってません!」


 診察が始まると、さらにまずいことが起きた。

 騎士が入ってきて、私の顔を見て、次に腕章を見て、目を丸くする。


「……陛下、先生係なんですか」

「そうだ」

 即答しないで。

 騎士がなぜか姿勢を正して、私に向き直った。

「先生、俺も先生係になれますか」

「なれません!」


 すると後ろの列からも小声が飛ぶ。

「俺も」

「俺も……」

 やめて、係の募集をしないで。


「ここ。吐こう。長く」

 私は白いリボンを揺らして、空気を戻す。

 みんなが息を吐く。……吐くけど、目だけは腕章に吸い寄せられている。


 昼休み、私は廊下にカイゼルを引っ張り出した。

「陛下、お願いがあります」

「言え」

「先生係、やめてください」

「やめない」

「どうしても?」

「どうしても」


 真顔で言い切るのが、いちばん困る。

 私は息を吐いて、別の角度から攻めた。


「じゃあ、せめて控えめに。みんなの前で“係”を主張しない」

「主張していない」

「腕で主張してます!」

「これは目印だ」

「誰の!」

「私の」

「私の目印にしないでください!」


 私が頭を抱えていると、カイゼルが声を落とした。

「お前が忙しい。目も、喉も、心臓も」

「心臓は言わないでください」

「言う。……だから、私は迷わないようにする」


 ずるい。そんな言い方をされたら、外せって言い続けにくい。

 私は負けそうになって、白いリボンをぎゅっと握った。


「じゃあ、こうします」

 私は医務室の扉に、白いリボンを結んだ。

 札に短く書く。


『先生は先生です』


「……何それ」

「陛下が“係”なら、私は“先生”です。以上です」

「私は先生係だ」

「やめて!」


 カイゼルの口元が、少しだけ緩む。反則。

 そして腕章を指で押さえたまま、淡々と告げた。


「では、先生」

「はい」

「今日も戻れ」

「……戻ってます」


 返事をしてしまった自分が悔しくて、私は長く息を吐いた。

 でも、その隣の気配が近いせいで、妙に落ち着くのも事実で――もっと悔しい。


 医務室へ戻ると、フィンが小声で言った。

「先生、腕章、似合ってた」

「似合ってません!」

 ローガンが咳払いで締める。

「先生係、外れそうにねぇな」

「外します!」


 その瞬間、カイゼルが私の荷物をさらっと持った。

「それも私の仕事だ」

「仕事にしないでください!」

「先生係だ」

「だからその言い方が!」


 笑いをこらえる気配が廊下に広がる。

 私は白いリボンを揺らして、逃げるように言った。


「はい、次の方! 吐こう、長く!」

 腕章は消えない。

 でも――私の頬の熱さも、なかなか消えてくれなかった。

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