第131話 一日一回の争奪戦
「一日一回」
昨日、私は自分で言い出した。
言い出した瞬間から後悔した。
だって、砦の人たちは――真面目に運用する。
朝の廊下。
フィンが駆け寄ってきて、いきなり手を挙げた。
「先生! 予約!」
「予約って何!」
「一日一回のやつ!」
「それ予約制じゃない!」
「じゃあ先着!」
「先着でもない!」
ローガンが遠くで咳払いしながら言った。
「先生、札にしろ。整理できる」
「整理しないでください!」
マルタが腕を組んで頷く。
「整理したら平和」
「平和じゃない!」
医務室に入った瞬間、机の上に紙が置かれていた。
『本日の一回:受付中』
書いた字が達筆すぎる。犯人が分かる。
「……陛下」
背後で静かな足音。
カイゼルが当然みたいに入ってくる。
「おはよう」
「おはようございます。……これ、何ですか」
「受付だ」
「受付にしないでください!」
「お前が一日一回と言った」
「言いましたけど!」
「なら管理する」
「管理は私の仕事です!」
「私の仕事だ」
「違います!」
フィンが小声で囁く。
「先生、陛下、“皇帝の権限”で管理してる」
「権限使わないで!」
診察が始まると、患者の列とは別に、妙な列ができた。
目が真剣な騎士たち。
全員、瞬きを我慢している。怖い。
「……みんな、何」
私が聞くと、一番前の騎士が真面目に言った。
「先生の“一回”、まだですか」
「まだです!」
「なら、俺たちに」
「渡しません!」
窓の近くで、カイゼルの気配が濃くなる。
声は出さない。首も動かさない。
でも空気が「それは私だ」と言っている。
私は白いリボンを揺らして、医師の声を出した。
「ここ! 吐こう! 長く!」
騎士たちが反射で息を吐いて、列が一瞬崩れる。
その隙にマルタが、冷たく告げた。
「解散。先生の“一回”は皇帝のもの」
「言い切らないでください!」
「事実」
「事実じゃない!」
「事実だ」
ローガンも咳払いで追い打ちする。
私は頭を抱えた。
この争奪戦、誰が始めたの。私だ。最悪。
昼休み、食堂へ向かう途中。
カイゼルが私の横にぴたりと並ぶ。歩幅が合う。息の速度も合う。
そして低い声で言う。
「今日の一回」
「言わないでください」
「まだだ」
「分かってます!」
「待つ」
「待つな!」
私は足を止めて、向き直った。
「陛下、約束しましょう」
「何を」
「“一日一回”って言ったのは、私が無理しないためです」
「知っている」
「だから、争奪戦にしないでください」
「争奪戦にしていない」
「してます!」
「……なら」
カイゼルが少しだけ声を落とす。
「私が止める」
「止めるって、どうやって」
「告げる」
「何を」
「これは私のだ、と」
「言わないでください!」
カイゼルの口元が、少しだけ緩む。反則の笑い方。
「お前が言った」
「言ってません!」
その瞬間、背後からフィンの声。
「先生! 今なら誰も見てない!」
「見てるよ!」
ローガンの咳払い。
マルタのため息。
全員、見てる。
私はもう諦めて、長く息を吐いた。
「……今日の一回は」
言いかけた瞬間、空気がぴたりと止まる。
カイゼルが、逃げない目で私を見る。
待つ目。急かさない目。ずるい目。
私は顔が熱くなって、でも逃げずに――一回だけ瞬きをした。
そっと。小さく。
カイゼルの口元が、また少しだけ緩む。
声は出さない。首も動かさない。
でも、目が確かに言っていた。
(受け取った)
背後でフィンが「うわー!」と叫びそうになってマルタに止められ、ローガンが咳払いで笑いを隠せず、私はもう恥ずかしさでスープを飲むふりをした。
……まだ食堂についてないのに。
一日一回。
争奪戦の勝者は、最初から決まっていたらしい。




