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第130話 先生の瞬きは禁止

 瞬きの喧嘩が収まった翌日。

 私は「今日は平和」と口にしないようにしていた。フラグになるから。

 ……口にしないのに、嫌な予感は当たる。


 医務室の扉を開けると、机の上に新しい紙が置かれていた。

 でかい字。無駄に達筆。


『先生の瞬き:禁止』


「……誰」

 私が呟いた瞬間、背後からローガンの咳払いが飛んできた。

「陛下だろ」

「聞かなくても分かるやつ!」

 フィンが吹き出し、マルタが腕を組んで頷いた。

「先生、目が公共になったら困る」

「公共って言わないで!」


 そして当の本人が静かに入ってくる。

 カイゼル。いつもの顔。いつもの足音。

 でも、紙を置いた犯人の顔。


「おはよう」

「おはようございます。……陛下、これ」

 私は紙を指さした。

「なんですか」

「ルールだ」

「勝手にルール作らないでください!」

「勝手ではない。必要だ」

「どこが!」

「お前の瞬きは、強すぎる」


 私は息を吐いた。

「瞬きが強いって何ですか……」

「一回で戻る」

「戻るのはいいことです!」

「だから他に使うな」

「使うって言わないでください!」


 フィンが口を押さえて肩を震わせる。

「先生、目の取り扱い説明書できた」

「できてません!」


 マルタが淡々と補足する。

「先生の瞬きは、皇帝の独占物」

「独占物って言うな!」


 私は机を軽く叩いて、医師らしく“処置”に出た。

「分かりました。じゃあ、交渉です」

「聞く」

「診察中、私が患者さんに“ここ”を伝えるために目を使うのは必要です」

「瞬きは不要だ」

「必要です!」

「不要」

「必要!」

「不要」


 ローガンが咳払いで締める。

「先生、そこは譲れ」

「なんでローガンが決めるの!」


 私は深く息を吐いて、妥協案を出した。

「じゃあ……先生の瞬きは禁止じゃなくて、“回数制限”」

「回数制限という言い方はやめろ」

「じゃあ、控えめにします」

「具体的に」

「患者さんの前では普通に瞬きます。陛下への“はい”の瞬きは……」

 言いかけて、頬が熱くなる。

「……一日一回」


 食堂がざわっとした。

 なぜ食堂みたいにざわつくの。医務室なのに。


 フィンが小声で叫ぶ。

「一日一回!? 貴重!!」

「貴重とか言わない!」


 カイゼルが一拍置いて、真面目に頷いた。

「分かった」

 素直。怖い。

 そして低く付け足す。


「その一回は、私が受け取る」

「受け取らないでください!」

「受け取る」

「受け取るな!」


 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、もう渡しちゃえよ」

「渡しません!」

 マルタが淡々と結論。

「先生、逃げ道が一日一回になった」

「逃げ道じゃない!」


 午後。

 診察が終わり、私は廊下でカイゼルに呼び止められた。


「今日の一回は、まだだ」

「覚えてるんですか!」

「当然だ」

「当然じゃない!」

「当然だ」


 私は顔が熱くなるのを必死に抑えた。

「……忘れてください」

「忘れない」

「なんで!」

「待つのが得意だ」


 またそれ。

 私は白いリボンを握りしめ、長く息を吐いた。

 先生の瞬きは禁止――と言われたのに、結局“予約制”になっている。

 ……私、何を管理してるんだろう。

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