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第128話 先生の目は、反則

「目で『はい』は、一回だけ」

 その“講習会”(って言わない)が終わってから、砦の空気が少しだけ変になった。


 廊下ですれ違う騎士が、私に向かって一回だけ瞬きをする。

 真顔で。

 律儀に。

 全員同じタイミングで。


「……みんな、眠いの?」

 私が呟くと、フィンが胸を張った。

「違う! 先生に“はい”って言ってる!」

「言わなくていい!」

「でも言いたい!」

「言いたいって何!」


 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、砦が“はい”だらけだ」

「やめてください!」

 マルタが淡々と頷いた。

「悪くない。返事が増えるのは良い」

「返事はいいけど、目が忙しい!」


 そんな朝。

 医務室の扉が開く前から、嫌な予感がしていた。

 ……当たった。


 扉を開けた瞬間、列。

 診察の列じゃない。

 “目で『はい』”をもらいに来た列。


「先生」

 一番前の騎士が真面目な顔で言う。

「……目」

「目って何!」

 私は思わず突っ込んだ。


 フィンが横から小声で解説する。

「先生の目の“はい”、欲しいんだって」

「ほしくないでしょ!」

「欲しい」

 なぜか後ろの騎士たちが、真顔で頷いた。


 私は額を押さえ、深く息を吐いた。

 医療。落ち着け。線を引け。


「……これは診察じゃありません」

 私が言うと、騎士たちが一斉に瞬きを一回。

 いや、それ返事じゃない。抗議みたい。


「診察の人だけ入ってください」

 そう言ったのに、列が動かない。

 動かないけど、全員が目で「はい」を言ってくる。

 圧がすごい。


 そこへ、静かな足音。

 カイゼルが入ってきた。

 いつも通りの顔。

 ……でも、空気が一瞬で整列する。


「何をしている」

 低い声。

 騎士たちが背筋を伸ばす。


 マルタが淡々と答えた。

「先生の目をもらいに来た」

「もらうな」

 カイゼルが即答した。


「え」

 私が間抜けな声を出す前に、カイゼルが続ける。

「それは、私の返事だ」

「返事は共有じゃないって、誰が言いましたっけ!」

 私は思わず言ってしまった。

 フィンが吹き出し、ローガンが咳払いに失敗して笑い声になった。


 カイゼルは真顔で言う。

「共有しない」

「じゃあ、みんなの目はどうするんですか」

「自分で吐け」

「目と息が混ざってます!」


 私は慌てて白いリボンを揺らした。

「ここ! 吐こう! 長く!」

 騎士たちが反射で息を吐く。

 ……もう条件反射になってる。えらいけど、えらいの方向が違う。


 その隙に、私は線を引いた。

 机の上に紙を置いて、大きく書く。


『目の「はい」:診察中のみ/用事がある人だけ』


 ローガンが咳払いしながら言う。

「先生、条例作った」

「条例じゃない!」


 フィンが紙を覗き込んで、さらに追記しようとする。

『追加:陛下は例外』

「書くな!」

「陛下は例外じゃん!」

「例外にしない!」


 その“例外”が、私の真横にぴたりと立った。

 カイゼルは私の顔を覗き込み、低く言う。


「お前の目は、反則だ」

「反則って何ですか」

「一回の瞬きで、私が戻る」

「戻るのはいいことです!」

「だから、他に使うな」

「使うって言わないでください!」


 私は頬が熱くなって、椀を手に取って誤魔化した。

 ……熱い。落ち着け。


 そこへ診察の騎士が入ってくる。

 私はすぐ切り替える。

「ここ。吐こう。長く」

 騎士が息を吐く。


 窓の近くで、カイゼルが目だけで一回、返事をした。

 その瞬間、騎士がなぜか誇らしげに胸を張る。


「俺、陛下に“はい”もらった」

「もらってません!」

「もらった」

「もらってない!」


 医務室の空気が、また笑いで揺れた。

 便利にするはずだった合図が、砦を賑やかにしている。

 そして一番困っているのは――たぶん、私の顔の熱さだった。

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