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第127話 目で「はい」講習会

「“はい”は、声にしない。目で言う」

 そう決めた翌日。

 医務室の朝は、なぜか落ち着かなかった。嫌な予感じゃない。笑われる予感。


 扉を開けた瞬間、フィンが待ち構えていた。

「先生! 今日の課題!」

「課題にしないで」

「目で“はい”!」

「やめて!」


 ローガンが咳払いで笑いを隠す。

「先生、ついに講習会か」

「講習会じゃありません!」


 マルタが腕を組んで淡々と言った。

「必要。皆、覚えれば便利」

「便利って言わないでください!」


 そのとき、扉が静かに開いてカイゼルが入ってきた。

 いつも通りの顔。いつも通りの足音。

 ……でも今日は、瞬きの回数まで真面目そう。


「おはよう」

「おはようございます」

 私は先に釘を刺す。

「今日は声で“はい”は禁止です」

「禁止という言い方はやめろ」

「じゃあ……控えめに」

「分かった」

 即答。素直。怖い。


 診察が始まる。

 私は白いリボンを揺らし、窓を少し開ける。

「ここ。吐こう。長く」


 患者が息を吐き、肩が落ちる。

 窓の近くの影――カイゼルが、目だけで返事をした。

 ……目だけで「はい」。

 なんか、分かる。悔しいけど分かる。


 しかし、その“分かる”が問題だった。


 患者がぽつりと言う。

「先生、今の……陛下、目で『はい』って言いました?」

「言ってません」

 私は即答した。

「言ってますよね」

「言ってません!」

 嘘が下手。


 扉の外からローガンの咳払いが聞こえた。

「先生、嘘下手」

「聞こえてます!」


 診察が終わると、廊下に人が増えていた。

 怪我人じゃない。

 全員、目が真剣。

 しかも、手に何も持ってないのに並んでいる。


「……何の列」

 私が呟くと、フィンが胸を張った。

「“目で『はい』”講習会の列!」

「やっぱり講習会じゃないですか!」


 マルタが淡々と補足する。

「先生が楽になる。皇帝も楽になる」

「皇帝は楽になってません!」

 視線を向けると、カイゼルが真顔で頷いた。

 ……楽になってる顔。やめて。


 私は深く息を吐いて、折れた。

「分かりました。やります」

 全員が「やった」と顔で言う。顔で言うな。


「まず、目で“はい”は――こう」

 私はわざと真面目な顔をして、ゆっくり瞬きを一回した。

「一回だけ」

 ローガンが咳払いで笑う。

「頷き一回の次は瞬き一回か」

「言わないで!」


 フィンが必死に真似する。

 瞬きが多い。

「フィン、それ“はい”じゃなくて“眠い”です」

「違う! 真剣!」

「真剣なら目を開けて!」


 騎士たちも真似をする。

 強面の顔が、一斉に瞬きを我慢して、逆に怖い。


「みんな、力抜いて!」

 私が言うと、マルタが頷いた。

「顔が怖い。先生が怯える」

「怯えてません!」

「怯えてる」

「怯えてない!」


 その様子を、カイゼルが窓の近くから見ている。

 目だけで返事をしている。

 ……そして、私が瞬きを一回すると、カイゼルも一回。


 完全に合わせてくる。

 真面目に。律儀に。

 ずるい。


 講習会(って言わない)終盤。

 フィンが急に真顔で言った。

「先生、陛下の“目で『はい』”だけ、なんか違う」

「違う?」

「なんか……甘い」

「甘いって言うな!」


 ローガンが咳払いで補足する。

「目で『はい』っていうか、目で『好き』って言ってる」

「言うな!」

 マルタが天井を見て締めた。

「先生、逃げ場なし」


 私は頬が熱くなって、慌てて白いリボンを握った。

 目で「はい」なんて、便利にするはずだったのに。

 なぜか私だけ、余計に忙しくなる。


 窓の近くで、カイゼルが目だけで返事をした。

 ……「はい」。

 いや、絶対それ以上だ。


 私は長く息を吐いて、心の中でだけ叫んだ。

(講習会、やめたい!)

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