第122話 席替え戦争
「席を増やす」
私が言った瞬間、食堂の空気が一斉に動いた。
騎士たちの動きが、訓練のそれ。静かに、速い。無駄がない。
……やめて。ここは戦場じゃない。
「了解!」
フィンが叫びそうになって、マルタに睨まれて口を塞ぐ。
ローガンは咳払いで笑いを隠しつつ、椅子を引きずってきた。
「よし。全員座れ」
「誰が指揮してるの」
「俺」
「なんで!」
「陛下が“監督”とか言い出すからだろ」
壁際の騎士たちが、こそこそと椅子を運び始めた。
足音は静か。なのに気配はでかい。
みんな、目だけは私を見ている。
――笑え、って顔。やめて。
その中心で、カイゼルは微動だにしなかった。
私の隣の椅子の背に手を置いたまま、真顔で宣言する。
「ここは空けておけ」
「空けておけ、じゃないです」
私は息を吐いた。
「皆で座るんです」
「皆だ」
カイゼルが真顔で繰り返す。
「だから、皆の中心はお前だ」
「意味が分かりません!」
「分かれ」
「命令にするな!」
マルタがスープを飲みながら淡々と言う。
「先生、言い返してる時点で元気」
「元気じゃないです!」
「元気」
「元気……」
ローガンが椅子をどん、と置いた。
「陛下、先生の右はどうだ」
カイゼルが即答する。
「私」
「左は」
「私」
「二人になってる!」
フィンが吹き出し、慌てて口を塞いだ。
私は頭を抱えた。
右も左も皇帝? どういう座り方?
「……陛下、椅子は一つです」
「なら、私が減る」
「減らないでください!」
「減らない」
「どっち!」
「お前の隣にいる、という意味では減る」
「意味が分からない!」
騎士たちが、絶妙に笑いをこらえている。
笑うなら笑って。いや、笑わないで。
私の心臓が忙しくなる。
そこでフィンが、なぜか得意げに手を挙げた。
「提案! 先生の隣は“交代制”!」
「いい提案!」
何人かが頷きかけ――
「却下」
カイゼルの声が落ちる。短く、冷たくないのに、逆らえない。
フィンがしゅんとした。
「……ですよね」
ローガンが肩を叩く。
「生きて帰れよ」
私は息を吐いて、テーブルを軽く叩いた。
「はい、終わり!」
その声で、全員ぴたりと止まる。
訓練より効くの、やめて。
「席は、こう」
私は指で簡単に示した。
「陛下は隣。これは譲りません。……でも、他のみんなも同じテーブルに座る」
カイゼルを見る。
「これが“皆で”です」
カイゼルが一拍置いて、頷いた。
「……分かった」
素直。ずるい。
ローガンが咳払いして言う。
「よし、先生の勝ち」
マルタが頷く。
「勝者:先生」
フィンが嬉しそうに椅子を運び、騎士たちもぞろぞろと席につく。
長いテーブルが、ぎゅうぎゅうに埋まっていく。
笑い声が小さく漏れ、スープの湯気が揺れる。
私はようやく椅子に座った。
隣にはカイゼル。外套の内側の結び目に指先が触れそうな距離。
「……先生」
小声が飛んでくる。若い騎士が照れた顔で言った。
「こういうの、初めてで……落ち着かない」
「吐こう」
私は白いリボンを指先で揺らした。
「長く。ここ」
騎士が息を吐いた瞬間、カイゼルが私にだけ分かるくらい小さく頷く。
“頷き一回”を、こんなところでも守っている。
「……陛下、真面目」
私が小さく言うと、カイゼルは平然と返した。
「お前の前では、いつも真面目だ」
……またそれ。
私は顔が熱くなって、スープを飲むふりをした。
隣から低い声が落ちる。
「熱いか」
「熱いのはスープです」
「違う」
「違います!」
「……違わない」
騎士たちが、またこっそり笑っている。
マルタが小声で言った。
「先生、戻すのは得意でも、照れるのは下手」
「うるさいです!」
席替え戦争は終わった。
勝者は先生。
そして敗者は――多分、私の心臓だった。




