第120話 返事が顔に出る皇帝
夕方の医務室。私は薬草を片付けながら、窓際の影を横目で見た。
カイゼルは外套の内側の白いリボンに指先を当てている。声なし、首なし――約束通り。
なのに、口元だけがふわっと緩む。
「……陛下、今、笑いましたね」
「笑っていない」
「笑ってます」
「心の中だ」
「心の中が顔から漏れてます!」
その瞬間、扉が開いてフィンが飛び込んできた。
「先生! 緊急!」
「なに、怪我?」
「違う! 陛下が“返事の顔”してる!」
「緊急の種類が違う!」
背後でローガンの咳払いが爆発しそうになる。マルタは腕を組んで冷たく言った。
「先生、患者より先に皇帝を診ろ」
「診ません!」
カイゼルは真顔のまま、私の指を取って絡めた。ほどけない返事。
「診てほしい」
「いま患者じゃありません」
「患者だ」
「どこが!」
「お前が見ないと、呼吸が乱れる」
私は天井を見上げて息を吐いた。やめて。医務室で言わないで。
でも、言われた瞬間に顔が熱くなるのも事実で、悔しい。
そこへマルタが、紙の束を机にどさっと置いた。
「先生、これ」
「診察の記録?」
「違う。砦の食堂が勝手に作った」
紙の表題には、でかでかと。
『先生が笑う日の献立案』
私は固まった。
「……誰がそんな」
フィンがすっと手を挙げる。
「俺。皆で考えた。先生が笑うと戻れる人増えるから」
「善意が重い!」
ローガンが肩を震わせながら言う。
「陛下も入れろって言ってたぞ」
「え」
視線を向けると、カイゼルが静かに頷いた。頷かない約束? 知らない顔をしている。
「入れろ」
「何をですか」
「私の好み」
「なんで献立に皇帝の好み!」
「お前と同じものを食べたい」
私は一瞬、言葉を失った。
その間にフィンが勝手に読み上げる。
「案:甘いパン。案:あたたかいスープ。案:先生の好きそうな……」
「待って待って、最後誰が書いたの!」
ローガンが咳払いで答えた。
「陛下」
私は机に突っ伏したくなった。
「陛下、顔に出るだけじゃなくて文字にも出てます」
「出している」
「堂々と言わないで!」
カイゼルが外套の内側の白いリボンに指先を当て、声を落とした。
「今日、お前は何を望む」
「……え」
「笑うか。休むか。どちらでもいい。選べ」
ずるい。そんな真面目な声で、そんな甘い質問。
私は息を吐いて、顔を上げた。
「じゃあ……今日は、みんなで食べます」
言った瞬間、フィンがガッツポーズし、ローガンが盛大に咳払いをして、マルタが小さく頷いた。
そしてカイゼルだけが、少しだけ眉を寄せる。
「……皆で?」
その顔。分かりやすすぎる。
「陛下も“皆”に入ってます」
私が言うと、カイゼルの口元がまた緩む。
心の中の返事が、また顔に漏れる。
「ここだ」
カイゼルが小さく言う。声、出てる。
「今、声!」
「……漏れた」
「漏らさないでください!」
「無理だ」
「なんで!」
「お前が笑った」
私は負けて、思いきり息を吐いてから笑った。
医務室の外まで届くくらい、久しぶりに。
そして確かに、廊下の空気が少し軽くなる。
返事が顔に出る皇帝と、止めたいのに止められない私。
どうやら今日も、戻る合図は増えてしまうらしい。
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