第116話 結び目、撤去作戦
外套の結び目が“迷路”になった翌日。
医務室の前に、なぜか作戦会議の空気が流れていた。
「議題」
マルタが腕を組む。
「結び目、撤去」
「撤去って言わないで!」
私は反射で言い返した。
「減らす、です」
ローガンがぼそり。
「同じだろ」
「違います!」
フィンが真面目な顔で手を挙げる。
「撤去じゃない。整理整頓!」
「それはそれで嫌!」
そのとき、扉が静かに開く。
カイゼルが入ってきた。いつも通りの顔。いつも通りの足音。
……そして、例の外套。今日は結び目がさらに増えている気がする。
私は目を細めた。
「陛下」
「ここだ」
返事は早い。
早いけど、問題はそこじゃない。
「増えてますよね?」
「増えていない」
「増えてます!」
「……見た目の問題だ」
「見た目の問題が大問題です!」
ローガンが咳払いで笑いを誤魔化す。
フィンは口を押さえて肩を震わせ、マルタは冷たく言った。
「先生、医療。落ち着け」
「医療って便利な言葉!」
私は息を吐いてから、外套の裾をそっと指さした。
「これ、外します」
「外すな」
即答。早い。
「え?」
「それは、私の“ここ”だ」
真顔で言う。
外套の結び目に、そんな感情を乗せないでほしい。
「じゃあ、これだけ残す」
私は“最重要結び目”を指で軽く触れる。
内側の、いつものやつ。
「それ以外は、減らす。約束」
カイゼルが一拍置いて言う。
「……減らす理由」
「迷路だからです」
「迷路ではない」
「迷路です!」
フィンが横から小声で補足する。
「陛下、先生、昨日外套ほどくのに時間かかってた」
「……見ていたのか」
「見てました」
「見るな」
「無理です」
ローガンが肩をすくめる。
「陛下、先生の手が足りないって言ってただろ。結び目増やすと余計足りねぇ」
「……理屈は分かる」
カイゼルが珍しく譲歩した。
マルタが即座に畳みかける。
「では決定。結び目は“内側の一つ”だけ。外側は禁止」
「禁止って言わないで!」
私は思わず突っ込む。
でも、たしかに禁止にしないと増える。
カイゼルが私を見る。
「お前が望むなら」
その言い方、反則。
「望みます」
私はきっぱり言った。
「増えたら、私の心臓が忙しくて医務室が回りません」
カイゼルが小さく頷いた。
「分かった」
そして低く付け足す。
「なら、結び目を減らす代わりに……返事は増やす」
「増やさないで!」
「増やす」
「やめて!」
「増やす」
ローガンが盛大に咳払いし、フィンが吹き出し、マルタが天井を見た。
私は額を押さえる。
結び目を減らしたら返事が増える。
……それ、結局忙しいのは私だ。
その日の午後。
ローガンがナイフで外套の余計な結び目を切ろうとして、カイゼルに静かに止められた。
「切るな」
「じゃあほどけよ」
「……ほどく」
皇帝が真顔で外套の結び目をほどく。
ひとつ、ひとつ。
それを見守る騎士団と医務室。
もう、撤去作戦のはずが、なぜか儀式みたいになっていた。
最後に残った結び目は、内側の一つ。
カイゼルがそれに触れ、私を見る。
「これでいいか」
私は息を吐いて、うなずいた。
「……これで十分です」
「ここだ」
返事が落ちる。
結び目は一つ。
でも、笑いは増えていく。




