第115話 結び目だらけの皇帝
医務室の朝は、最近やたらと賑やかだ。
原因は分かっている。結び目。とにかく結び目。
「先生! 見て! 今日の俺、ほどけない!」
フィンが指を突き出してくる。そこには自信満々の結び目。
「うん、上手」
私は“目で”褒めようとして、つい口が出た。
「今、声出た!」
「出てない!」
「出た!」
ローガンが腹の底で笑いをこらえた咳払いをする。やめて、私の心臓も咳払いしたい。
そこへ、扉が静かに開く。
カイゼルが入ってきた。いつも通りの顔、いつも通りの足音。――なのに、空気が「正座」になる。
「おはよう」
「おはようございます」
私は先に言う。
「今日は診察中、壁は叩かないでください」
「叩かない」
即答。偉い。怖いくらい素直。
……と、思ったら。
カイゼルは窓の近くの“見えにくい位置”に立ち、微動だにしない。
動かない。頷かない。呼吸まで静か。
その姿が逆に目立って、患者が入ってくるなり固まった。
「……先生」
「大丈夫。ここ。吐こう。長く」
私は白いリボンを揺らす。
騎士が息を吐いて、ちらっと窓を見る。カイゼル、動かない。
騎士がもう一度吐いて、また窓を見る。カイゼル、動かない。
「……陛下、呼吸してます?」
つい患者が聞いてしまった。
「している」
窓の外から低い声。
その返事に、騎士が逆に安心して息を吐く。
……何これ。皇帝の返事、万能すぎる。
診察が終わると、ローガンがすっと近づいて耳打ちした。
「先生、あの人、頷かないの我慢してる」
「分かります」
「たぶん今、心の中で頷いてる」
「やめて想像させないで!」
昼前、事件が起きた。
フィンが嬉しそうに駆け込んでくる。
「先生! 陛下の外套に……結び目が増えてる!」
「増えてるって何が!」
嫌な予感しかしない。
廊下へ出ると、カイゼルが立っていた。
外套の内側の結び目。……だけじゃない。
裾、袖、襟元、なぜか背中のあたりにまで、小さな結び目が点々と。
「誰がやったの」
私が呟くと、フィンが小さく手を挙げた。
「……みんな。陛下が“戻る合図”欲しいって言ったから」
「誰がそんな誤解を生む言い方を!」
視線を向けると、カイゼルが真顔で言った。
「欲しい」
「欲しいのは分かります! でも、ここまで結ぶと……」
私は外套を指差す。
「……迷路です!」
ローガンが肩を震わせて言う。
「先生、陛下、結び目で強化されてる」
「強化って何!」
マルタが腕を組んで頷いた。
「ほどけない。精神的に」
「そこ、医療っぽく言わないで!」
カイゼルが低い声で、淡々と宣言する。
「私はこれで戻る」
「戻るのはいいですけど、歩くたびに結び目が揺れて…!」
「揺れてもいい」
「よくないです! 患者さんが“皇帝が飾り紐の化身”みたいな顔します!」
言った瞬間、フィンが吹き出し、ローガンが咳払いに失敗して笑い声になった。
カイゼルは少しだけ眉を動かし――珍しく、困った顔をした。
「……多いのか」
「多いです」
「減らす」
即答。素直。偉い。ずるい。
私は息を吐いて、そっと外套の一番大事な結び目に触れた。
「これだけで十分です。ここは、私の“ここ”ですから」
カイゼルが一拍置いて、低く返す。
「ここだ」
その返事に、なぜかフィンが拍手しそうになってマルタに睨まれ、ローガンがまた盛大に咳払いをした。
医務室は今日も忙しい。
患者のために吐かせて、皇帝のために結び目をほどいて、ついでに私の心臓も落ち着かせる。……ほんと、手が足りない。
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