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第109話 目で「上手」

 「結び目を褒めるのは、目で」

 そう決めた翌日。私は自分で言い出しておいて、朝から後悔していた。


 医務室の扉を開けると、すでに列ができている。

 診察じゃない。結び目の見せびらかしだ。


「先生、見て!」

「先生、ほどけない!」

「先生、これ、すごい!」


 ……かわいい。

 かわいいけど、目で褒めるって難しい。つい口が動く。


 私は息を吐いて、白いリボンを揺らした。

「ここ。まず吐こう。長く」

 みんなが真面目に息を吐く。えらい。そう、えらい――


 そこで、私は“目で”褒めた。

 にっこり、うなずき、親指をちょっとだけ立てる。

 声は出さない。手も触らない。ルール。


 騎士たちが、なぜか誇らしげに胸を張った。

 ……目だけで伝わってる。人ってすごい。


 背後、窓の近く。

 カイゼルの気配がある。作戦通り見えにくい位置。

 でも、見えないのに分かる。視線が“私だけ”に刺さっている。


 診察の合間、私はちらっと窓の方を見た。

 カイゼルが一度だけ小さく頷く。

 頷きすぎない。偉い。……皇帝を褒めたい。目で。


 私は目で「上手」と言った。

 ほんの少し口元を緩めて、指先を胸元の結び目へ添える合図。

 カイゼルは、微妙に眉を動かしてから――ほんの少しだけ、笑った。


 また反則の笑い方。

 私は喉に手を当てて息を吐いた。落ち着け。仕事だ。


 そこへ、ローガンが扉から顔を出す。

「先生、陛下、見えてるぞ」

「見えてません!」

「見えてる」

 マルタが即答する。

「先生の顔が、もう見えてる」


 私は椀を持ち上げて隠れたくなった。


 昼休み。

 廊下でカイゼルを見つける前に、カイゼルが私を見つけた。

 見つけ方が、速い。怖いくらい速い。いや、安心の速さだ。


「……目で褒めていたな」

「はい。約束です」

「私も、目で褒められた」

「褒めました」

「……良い」

 短い。なのに甘い。


 私は咳払いして、話をそらそうとする。

「結び目、みんな上手になってきました」

「そうだな」

 カイゼルは頷いてから、急に真面目な顔で言った。

「だが、お前の目が他の者に向くのは、少しだけ嫌だ」


 またそれ!

 私は息を吐いて、額を押さえた。

「陛下、目まで独占しないでください」

「独占する」

「なんで!」

「お前が、私の帰り道だからだ」


 ずるい。

 私は言い返せなくなり、代わりに長く息を吐いた。

 帰り道って言われると、怒れない。


「……じゃあ」

 私は負けを認めるみたいに言った。

「陛下には、特別な褒め方をします」

「特別?」

「はい。目で『上手』のあと、ちゃんと言葉で言います」

「何と」

「……『おかえり』って」

 言った瞬間、私の頬が熱くなる。


 カイゼルが一拍置いて、外套の内側の結び目に指先を当てた。

 そして低く返す。


「ただいま」


 私の心臓が忙しくなる。

 でも、息を吐ける。戻れる。

 目で「上手」と言えるくらいには、私も慣れてきた。

 ……慣れたくないところまで、慣れてきた気もするけど。

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