表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/142

第10話 黒い札の夜

 黒い札は、指先に冷たい。

『次は、医者を黙らせる』――その文字を見てから、広間の空気がどこか落ち着かなくなった。


「先生、しばらく一人で歩くな」

 ローガンが低い声で言う。周りの騎士たちも、いつもより目が鋭い。


「大げさだよ。脅すだけかもしれない」

「脅しでも、放っとけねぇ」


 私は笑ってみせたけれど、内心は同じだった。怖いのは、私じゃない。フィンみたいな子が、また“無理をさせるもの”に引っかかること。


 その夜、医務室のランプを落とし、私は湯をひと口飲んだ。

 ――と、窓の外で、こつ、と小さな音がした。


(風? ……違う)


 次の瞬間、窓枠が静かに動く。誰かが、外から開けようとしている。

 私は息を吸って、ゆっくり吐いた。焦ったら、判断が鈍る。


「誰?」

 声をかけると、動きが止まった。


 そして――背後の扉が、音もなく開く。


「動くな」

 氷みたいな声。皇帝カイゼルだった。黒い外套をまとい、まっすぐ窓を見ている。


「陛下……どうしてここに」

「守ると言った。……遅かったか」

「遅くないです。まだ、何も起きてない」


 窓が、ぎし、とわずかに開いた。細い影がするりと入り込む。

 騎士でも盗賊でもない。小柄で、白いローブの裾が揺れた。


「……っ」

 その子は皇帝の姿を見て凍りつき、すぐに逃げようとした。だが窓の外にはローガンの影が立ちふさがる。


「逃げんな。怪我すんぞ」

 ローガンの声は怖いのに、言ってることは優しい。


 小さな侵入者は、膝から崩れた。肩が震えている。

「ご、ごめんなさい……! ぼく、ただ……持ってこいって……」


 私はゆっくり近づいて、しゃがんだ。

「名前は?」

「……セイル」

「セイル。今、息が浅い。鼻で吸って、口で吐こう。私と一緒に」


 セイルは泣きそうな顔のまま、私の真似をする。少しずつ肩の力が抜けた。

 私は温かい湯を渡す。両手で受け取った小さな指が、まだ冷たい。


「何を持ってこいって言われたの?」

 セイルは視線を泳がせて、震える声で言った。

「銀色の……眠れなくなる薬。先生のところにあるって……」


 皇帝の空気が一段冷える。

「誰に言われた」

「し、知らない……顔は見えなかった。ただ、神殿の裏で……黒い札をくれた人が」


 私は札の言葉を思い出す。黙らせる、って、こういうことだ。医務室から薬を奪って、私を悪者にする。あるいは、もっと怖い使い方をする。


 皇帝が静かに言った。

「セイルは保護する。怖がらせるな」

 ローガンがうなずく。

「分かった。……先生、どうする」

「どうもしない。セイルは悪くない。利用されたんだよ」


 セイルが、きゅっと唇を噛んだ。

「でも……怒られる……」

「怒られない。――今夜は、ここで温かいもの飲んで、落ち着いてから話そう」


 皇帝は私を見た。視線が鋭いのに、どこか困っている。

「……お前は、敵にも優しい」

「敵じゃないよ。助けを求めてる子だもの」


 一瞬だけ、皇帝の表情が柔らかくなる。

 けれど次の言葉は低かった。


「黒い札の主は、必ず見つける」

 私は頷いた。

「はい。でも、誰かを傷つけるためじゃなくて――もう、同じことを起こさないために」


 セイルが小さく顔を上げる。

「……先生、ぼく、全部話す。あの人……“次は皇帝の番だ”って言ってた」


 部屋の空気が、すっと冷えた。

 皇帝が、私の前に半歩出る。


「リュシア。今夜から、お前は私のそばにいろ」

「……命令ですか」

「いや」

 皇帝は一度だけ、言い直した。

「頼む。――怖いんだ」


 不器用なその一言が、黒い札よりずっと胸に残った。

最後までお読みいただきありがとうございます。


『おもしろい』『続きが見たい』と思いましたら…

下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価をお願いします。

面白かったら星5つ、正直な感想で構いません。

ブックマークもしていただけると嬉しいです。


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ