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第1話 愛より先に睡眠とビタミンです!

「リュシア・アルノー。貴様との婚約を破棄し、国外追放とする!」

 王太子の宣告に、広間は拍手と嘲笑で満ちた。私は微笑を崩さず一礼する。

(……よし。退職手続きだ)

 前世で産業医だった記憶が戻っている。理不尽な解雇には慣れている――が、退職金ゼロは許しがたい。交渉は即却下、翌朝には国境行きの馬車。ブラック王国、ここに極まれり。


 隣国に着くと、黒い旗を掲げた城塞が迎えた。“ブラック騎士団”。精鋭の名とは裏腹に、中庭の騎士たちは全員、目の下が暗い。

 その隅で、新人らしい青年が鎧のまま崩れ落ちた。足元には空になったポーション瓶。

「……飲めば、まだ動ける……」

「ダメです。今すぐ中止」

 私は瓶を取り上げ、脈と呼吸を確かめる。冷たい皮膚、浅い呼吸、震える指。

「脱水と低血糖、睡眠負債。これで出撃したら死にます」

「でも命令が……」

「命令より先に健康です。まず水、塩、甘いもの。次に睡眠!」


 周囲の強面騎士たちがぎょっとして集まってくる。

「誰だ、この女」

「追放された令嬢、リュシア。前世は産業医。今日からあなた方の産業医として就任します」

「さん、ぎょう……?」

「職場の安全と健康を守る医者です。ポーションの過剰摂取は禁止。有給休暇と交代制を導入します」


 隊長格の男――傷だらけの副団長が、眉をひそめた。

「休暇だと? 戦力が落ちる」

「いいえ。休まないから落ちてるんです。人は寝ないと回復しません」

 私は断言し、勤務表の提出を求めた。騎士たちの顔色が、怯えから希望へわずかに揺れる。


 そのとき最上階の窓が開いた。黒い外套の男が、こちらを見下ろしている。皇帝カイゼル――冷徹と噂の支配者。

 鋭い視線が、まっすぐ私に刺さった。


(トップか。しかも不眠の顔だ)

 私は胸を張り、窓に向かって笑う。

「愛より先に睡眠とビタミンです。陛下も例外じゃありませんよ」

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