第八話「魔導学院の試験」
王都アルグランは、ルーディアスが知っているどんな言葉よりも「大きい」という表現が似合っていた。
馬車に揺られて三日目の昼前。
最後の丘を越えた瞬間、視界いっぱいに広がったのは、石造りの高い城壁と、外からでも分かるほど密集した屋根の群れだった。
「うわ……」
馬車の荷台から身を乗り出し、ルーディアスは思わず息を呑む。
村の家々が「点」だとしたら、王都は「海」だ。
赤茶色の屋根が波のように続き、石畳の道路はその間を縫う太い川のように伸びている。
煙突から上る白煙。大通りを行き交う馬車と人の群れ。
遠くの空には、魔法で動く配送ゴーレムがゆっくりと浮かび、荷物を抱えて街の上を横切っていた。
「すごい……ここが、王都……!」
胸の奥から湧き上がる興奮を抑えきれず、ルーディアスは何度も瞬きをする。
前世で画面越しに見た都市の光景より、今目の前にある街はずっと生々しい。
「ひ、人が……多い……」
隣で、リーネが小さく悲鳴を漏らした。
青い髪が、びくっと震える。
城門をくぐり、馬車が大通りに入った瞬間、彼女は完全にルーディアスの袖を掴んで離さなくなった。
大人の腰や肩の高さで視界を奪われる中、押し寄せる人の波。
荷車を押す商人、笑いながら走る子ども、厨房から煙を吐き出す店。
そのすべてが、リーネには「近すぎる」のだろう。
「ルー、はぐれたら死ぬ……」
「さすがに死にはしないと思うけど……」
それでも、握られた袖の力が本気なのは伝わってきた。
ルーディアスは苦笑しつつ、反対の手でリーネの指をぎゅっと握り返す。
「大丈夫。離れないから」
「ほんと?」
「うん。僕がいるって。ほら、リーネの魔力もちゃんと感じてるし」
ルーディアスは意識を集中し、リーネの体から淡くにじむ魔力の流れを確かめる。
青く澄んだ水のような、少し冷たいけれど透明な魔力。
何度も隣で感じてきた、その気配。
リーネはそれを聞いて、少しだけ顔を上げた。
「……ずるい。そういうこと言うの、ずるい」
「え?」
「安心するから」
小さく呟き、彼女はルーディアスの背中に半分隠れたまま、大通りを見渡した。
王都アルグランの空気は、村とはまるで違う。
人々の話し声、靴音、荷物を運ぶ掛け声。
それらが重なり合って、まるでひとつの大きな「音楽」のように街を満たしていた。
「すごいな……」
目を輝かせるルーディアスに、御者台からガラムの声が降ってきた。
「浮かれてんじゃねえぞ、ルー。財布と荷物はしっかり持ってろ」
「さいふ……」
「盗賊は森だけじゃなくて街にもいるの。気をつけてね」
ミナリスの注意も飛んでくる。
ルーディアスは慌てて腰の小さな袋をさする。中には、旅の途中で使うための小額の硬貨が入っていた。
「ここから少し進めば見えてくるはずだ。お前らの目指す場所がな」
ガラムの言葉通り、馬車がさらに街の中心へ進むと、「それ」は自然と視界に入ってきた。
――王都の中央にそびえる、巨大な建物。
城にも負けない高さの尖塔がいくつも天に向かって伸び、その根元には広大な石造りの校舎が広がっている。
円形の中庭を囲むように、いくつもの棟が連なり、窓には複雑な紋章が刻まれたガラスがはめ込まれていた。
「あれが、アルグラン魔導学院……」
ルーディアスの喉が、ごくりと鳴る。
前世の世界で言えば、一流大学のキャンパスのようなものだろうか。
けれど、この世界でそこに通うのは、魔法を学ぶ「選ばれた者」たちだ。
「ルー、あそこに本当に入るの……?」
リーネが不安そうに見上げる。
塔の先端に浮かぶ光の球、空中に描かれた結界式。
それらを眺めているだけで、魔術師としての血が騒ぐ一方、胃のあたりが硬くなる。
「……入るよ」
ルーディアスは短く答えた。
「ここで強くなるって、決めたから」
リーネは少し黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「うん。なら、わたしも一緒に」
◇
学院の正門前には、すでに多くの人が集まっていた。
装飾の施された豪華な制服。背筋を伸ばして立つ少年少女。
その後ろに控える侍従らしき者たち。
明らかに貴族の家の子息だと一目で分かる。
対照的に、質素な服に手作りの杖を持った子どもたちもいる。
彼らは緊張した面持ちで列に並び、小さな魔道具を握りしめている。
その中に、旅装束のままの幼い少年と青髪の少女が並ぶと――
「え、あれ……子ども?」
「まさか、受験しに来たのか?」
「四歳くらいじゃないか? おい、どこのお坊ちゃんだ?」
ざわり、と周囲の視線が集中した。
リーネの肩がびくっと震え、ルーディアスの背中にぴたりとくっつく。
青い髪は、ただでさえ人目を引く。
その色に気づいた一部の受験者は、さらに目を細めた。
「青髪……」
「禁域の者の噂か……?」
「いや、あれが本物なら、ここに立ってること自体ありえないだろ」
囁き声。好奇心と恐怖が混ざった視線。
前世で浴びたものと、似ている。
リーネは唇を噛み、完全にルーディアスの後ろに隠れた。
「ご、ごめん……わたし、また……」
「いいって」
ルーディアスは振り返り、彼女の手を強く握る。
「大丈夫だよ。試験で実力を見せれば、誰も何も言わなくなる」
「そんな簡単に……」
「でも、僕らにはそれしかないでしょ?」
前世では、それすらできなかった。
だからこそ、今度は「できること」を選びたい。
リーネは少しだけ顔を出し、列の先頭にある受付のテントを見つめた。
「……うん。そうだね。やれることを、やる」
その横顔には、不安だけでなく小さな火も灯っていた。
◇
一次試験は、魔力量の測定だった。
学院の中庭に設けられた一角で、受験者たちは大きな透明なクリスタルの前に並ばされる。
順番に手を置き、魔力の総量を測定する。
数値が基準に満たない者は、その場で落とされるという、冷酷なテストだ。
「では、次の受験者。名前」
「エルネ・バルトラムです」
貴族と思しき少女が一歩進み出て、堂々と名乗る。
手袋を外し、白い手をクリスタルにそっと乗せると、中に水のような光が流れ込んだ。
「ふむ、上々だな。初等部上位合格圏内だ」
監督官のひとりが、隣の魔道具に記録された数値を見て頷く。
次々に名前が呼ばれ、魔力の光がクリスタルに満ちては消えていく。
中には、光がほとんど灯らない者もいた。
「も、もう一回だけ……!」
「何度やっても数値は変わらない。すまないが、今年は諦めてくれ」
肩を落として列を離れる少年を見ながら、ルーディアスは自分の番を待つ。
喉が少し乾いている。
手のひらにも、汗がにじんでいた。
「緊張してる?」
後ろから、リーネがそっと囁く。
「まあ……ね」
「大丈夫。ルーの魔力量なら、普通にやっても上限振り切る」
「それはそれで問題じゃない?」
「……確かに」
リーネが少し困ったように眉をひそめる。
彼女はルーディアスの魔力の異常さを、村にいた頃からよく知っていた。
「でも、抑えようとして抑えきれる量でもないし。自然に流せばいいよ。変に怖がったり、意識しすぎない方が、むしろ安定するから」
「なるほど」
言われてみれば、魔力暴走を起こしたのは、ほとんどが「感情が乱れたとき」だった。
今は、怖いけれど――逃げ出したいほどではない。
「次、ルーディアス・ミナリオ」
監督官に名前を呼ばれ、ルーディアスは一歩前へ出た。
周囲がざわつく。
年齢的に明らかに場違いな見た目と、珍しい名前。
その両方が目立っていた。
「名前と歳をもう一度」
「ルーディアス・ミナリオ。四歳です」
「ほう、四歳で受験か。珍しいな」
監督官の男性が興味深そうに目を細める。
テストを拒まれなかっただけでも、まだ運が良い部類だろう。
「では、手を乗せてみなさい。魔力を、いつも通りに流すだけでいい」
「はい」
ルーディアスは、深呼吸をひとつ。
胸の奥にある魔力の核に意識を向ける。
熱いが、心地よい。
ここ一年で、何度も何度も触れてきた感覚だ。
手のひらから、その魔力をゆっくりと、クリスタルの中へ落としていく。
次の瞬間――
クリスタルが、爆ぜるような音を立てて光り輝いた。
「なっ……!」
監督官たちが目を剥く。
透明だったクリスタルの内部に、真白な光が一気に満ち、表面からこぼれ落ちそうなほど膨張する。
「止めろ止めろ! 上限値を超えている!」
「計測器の方で制限かけろ!」
隣の魔道具が、慌ただしく操作される。
光は数秒後にぴたりと抑え込まれ、クリスタルの内部から静かに消えた。
「だ、大丈夫でした?」
ルーディアスが恐る恐る尋ねると、監督官の一人が喉を鳴らした。
「あ、ああ……いや……大丈夫というか……」
彼は、記録装置に表示された数値を見て、言葉を失っている。
「初等部どころか、中等部の上位を超えているぞ……」
「この年齢で、これほどの総量……学院でも滅多に見ないレベルだ」
周囲の受験者たちがざわめいた。
「うそだろ……」
「あの子ども、何者だ……?」
リーネは列の後ろからその光景を見て、小さく笑みを浮かべる。
「ルー……やっぱりすごい……」
誇らしげな表情に、ルーディアスは少し照れくさくなった。
◇
二次試験は、制御能力を測る実技だった。
学院の裏庭にある訓練場へ移動すると、そこには木製の標的がいくつも並んでいる。
受験者は一人ずつ前に出て、自分の得意とする魔法を「一発だけ」放つ。
威力を競うのではなく、どれだけ狙いを外さず、魔力を暴走させずに使えるかが評価される。
「この結界、分かる?」
待機列に並びながら、リーネが周囲を囲む透明な膜を指さした。
「うっすら見える……かな」
「訓練場全体に張られている防護結界だよ。魔力が暴走したり、標的を外れたりしたら、自動的に吸収される。安全だけど、暴走させた時点で減点どころか、最悪失格」
「なるほど」
最初の受験者が前に出て、緊張した様子で詠唱を始めた。
「燃え上がる炎よ、小さき矢となりて――」
火球が生まれ、標的へ向かって飛んでいく。
だが、途中で制御を失い、横へそれた。
「きゃっ!」
見学者席に飛びそうになった火球は、結界に触れた瞬間、ぱんと音を立てて消える。
「魔力制御不安定。あれでは学院での実技についていけん」
監督官の冷たい声が飛ぶ。
別の受験者は、緊張しすぎてほとんど魔法を発動できない。
逆に、力を込めすぎて標的ごと地面をえぐるような爆発を起こした者もいた。
「平民は所詮こんなものか」
どこかで、鼻で笑う声がした。
振り向くと、豪華な服に身を包んだ少年が腕を組み、退屈そうに訓練場を眺めている。
「魔力の量があっても、制御できなきゃ意味がない。上流階級の教育を受けていない者は、その程度だ」
周囲の取り巻きらしき子どもたちが、同意するように笑った。
ルーディアスは、その言葉を聞きながら、静かに息を吐く。
そういうものだというのは、前の世界でも知っている。
生まれや環境で人を判断する大人や子どもは、どこにでもいる。
けれど、今はそれを跳ね返すための「武器」がある。
「次、ルーディアス・ミナリオ」
呼ばれた名に、視線が集中する。
ルーディアスは深呼吸をひとつして前へ出た。
「得意属性は?」
「風です」
「では、風属性で何かひとつ。標的を破壊できれば十分だ。周囲への被害は出すな」
「分かりました」
ルーディアスは標的と自分との距離を測る。
木製の人形が、十メートルほど先に立っている。
魔力暴走を起こした赤ん坊の頃から――
ずっと続けてきた制御の練習。
リーネと一緒に積み重ねてきた感覚。
それを信じる。
彼は両手を前に出し、魔力を練り上げた。
「風の刃よ」
短い詠唱と共に、細く鋭い風の線が生まれる。
それは空気を裂くように標的へ向かい――
ざくり、と音を立てて木を切り裂いた。
標的の胴体に、斜めの線が走る。
次の瞬間、上半分がずるりとずれ落ち、地面に倒れた。
「制御良好。威力も十分」
監督官が感嘆の息を漏らす。
「魔力の流れに無駄がない。あれだけの総量を持ちながら、ここまで細く絞れるとは……」
「四歳で、だぞ……?」
貴族の少年も、思わず口を閉じていた。
周囲のざわめきが、一瞬だけ静かになる。
リーネは待機列の後ろで、ぎゅっと拳を握りしめていた。
「やっぱり……すごい」
自分が教えたものが、ちゃんと形になっている。
それは、彼女にとっても大きな誇りだった。
◇
三次試験は、アルグラン魔導学院特有のものだった。
小さな部屋に通されると、中央の台座に、透明な球体が置かれている。
淡い光が内部で揺らめき、不思議な脈動を感じさせた。
「これは、精神嵌合球だ」
年配の試験官が、説明するように口を開く。
「魔力を流し込むことで、持ち主の精神状態や魔力との相性を測る。乱れている者、精神的な耐性が極端に低い者は、学院での訓練に耐えられないと判断される」
「……つまり、ビビりすぎてもダメってこと?」
ルーディアスの小声に、試験官が咳払いで返す。
「言い方はどうかと思うが、概ね間違ってはいない。では、手を」
「はい」
ルーディアスは球体にそっと手を置いた。
触れた瞬間、冷たい水に指を入れたかのような感覚が走る。
球体の中を、意識が覗き込まれるような、不思議な感覚。
恐怖。後悔。怒り。
過去に味わったさまざまな感情が、微かに揺れる。
けれど今、それらはすべて、ひとつの場所に縫い止められていた。
――もう逃げない。
そう決めたときから、少しずつ、心の形が変わり始めていた。
球体が、淡く光る。
ゆらぎはあるが、大きな波はない。
「……驚いた」
試験官が目を細めた。
「この年齢で、恐れの揺らぎがほとんどない。むしろ、成人の受験者より安定している」
「本当ですか?」
「自覚はないのか?」
「まあ、怖いものはいっぱいありますけど」
前の世界で味わった痛み。
馬車に跳ね飛ばされたときの衝撃。
孤独や、後悔。
それらを知っているからこそ、今の「怖さ」は、前ほど支配的ではない。
「だが、それでも前に出ると決めている。その意思の強さが数値に出ている」
試験官は何度か頷き、記録に何かを書き込んだ。
「合格の可能性は高いだろう。次の受験者を呼びなさい」
「はい」
部屋を出ると、入れ替わりにリーネが呼ばれた。
「リーネ・アルステリア」
「は、はい」
彼女は深呼吸をひとつしてから部屋に入っていく。
扉が閉まり、しばらく沈黙が続いた。
ルーディアスは廊下の椅子に腰掛けながら、落ち着かない気持ちで扉を見つめる。
数分後、部屋の中から慌ただしい声が聞こえた。
「ここまで反応が強いとは……!」
「嵌合率が上限近くまで上がっています!」
「結界を強化しろ! 暴走はさせるな!」
「リーネ!」
ルーディアスは思わず立ち上がり、扉を開けそうになる。
だが、その手を別の監督官に止められた。
「入ってはいけない。今、中は――」
言葉の途中で、部屋の窓から、眩しい光が漏れ出した。
精神嵌合球が、異常なほど強い光を放っている。
リーネはそのすぐそばで、肩を震わせながら球体に手を置いていた。
青い髪が浮かび上がるほど、魔力が波立っている。
「この子の精神波、あまりにも情報量が多すぎる……」
「魔力の質も特殊だ。ただの子どもではないぞ」
試験官たちが、口々に呟く。
浮かび上がる光は、危険なほど美しい。
「危険だ! このままでは球体が持たない!」
試験官のひとりが結界を強化しようとした瞬間――
「待ってください!」
ルーディアスが部屋に飛び込んだ。
「君は、まだ中に入ってはいけない!」
「リーネ!」
制止の声を振り切り、ルーディアスはリーネのもとへ駆け寄る。
彼女の目は恐怖に見開かれ、光に飲み込まれそうになっていた。
「わ、わたし、また……迷惑を……」
かすかな声が漏れる。
ルーディアスは、迷わずその手を掴んだ。
「迷惑なんかじゃない!」
言葉が自然と口から出る。
「リーネは、僕の先生だ!」
試験官たちが、驚いて動きを止めた。
「僕に魔法を教えてくれたのはリーネだ。おかげで、ここまで来られた。リーネは危険なんかじゃない!」
嵌合球から溢れていた光が、少しだけ沈静化する。
リーネの瞳が、恐怖から別の色へと変わっていく。
「ルー……」
「大丈夫。君は僕の味方で、僕も君の味方だ」
手を握る感触に、ルーディアス自身の魔力が少しだけ漏れ出す。
嵌合球の光が、二人の魔力に反応して、静かな波を描いた。
「……驚いた」
年配の試験官が、息をついた。
「この子の精神は、確かに危うい。だが、同時に異常なまでの集中力と知性を持っている。それを支える相手がいるなら、扱えないわけではない」
「しかし、学院でのリスクが――」
「リスクのない才能など存在せんよ」
老人は、球体の光が収まっていくのを確認しながら言った。
「彼女を排除するのは簡単だ。だが、その代わり失うものも大きい。……慎重に補助していけば、十分に戦力になる」
やがて光が完全に消え、嵌合球は静かさを取り戻した。
リーネは膝から力が抜けたように、その場に座り込む。
ルーディアスは慌てて支えながら、顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……うん。ちょっと、びっくりしただけ」
彼女は弱々しく笑う。
「また迷惑かけちゃった」
「だから迷惑じゃないってば」
ルーディアスは肩をすくめる。
「それに、僕も試験中に飛び込んできちゃったしね。同罪」
「それ、あんまりよくない自慢だからね?」
リーネのツッコミに、試験官のひとりが思わず吹き出した。
「……ふむ。事情は理解した」
年配の試験官は、杖を軽く床に突く。
「二人とも、結果は掲示を待ちなさい。判断は我々が下す」
「はい」
ルーディアスとリーネは同時に頭を下げ、部屋を後にした。
◇
夕暮れ時。
学院の中庭にある掲示板の前に、大きな人だかりができていた。
「合格者の発表だ!」
「名前、どこだ……どこだ……!」
「やった! あった、俺の!」
叫び声と歓声、そして沈黙とため息。
喜びと落胆が入り混じる空間の中、ルーディアスとリーネも人混みをかき分けて掲示板へ近づいた。
「見える?」
「ううん。人の背中しか見えない」
「じゃあ、ちょっと失礼」
ルーディアスは小柄な身体を活かし、人の隙間をするりと抜けていく。
掲示板のすぐ前まで出ると、整然と並んだ名前が目に飛び込んできた。
上から順に視線を滑らせていく。
――あった。
「……ルーディアス・ミナリオ」
自分の名前を見つけた瞬間、胸の奥から何かが弾けた。
「リーネ!」
振り返って手を振る。
「あったよ! ルーディアス・ミナリオ! それと――」
再び掲示板に視線を戻す。
「リーネ・アルステリア!」
「ほんと?」
「ほら、ここ!」
人混みの後ろから、リーネが恐る恐る近づいてくる。
ルーディアスが指差した場所を見て、目を丸くした。
「……本当だ」
彼女の名前は、確かにそこに刻まれていた。
周囲の受験者たちも、その名前を見てざわめく。
「あの青髪の子が……」
「禁域の噂の……?」
「学院、よく合格させたな……」
半ば好奇心、半ば恐怖。
それでも、彼らの視線には、はっきりとした「認めざるを得ないもの」が混ざっていた。
「ルー……」
リーネの声が震える。
「わたしたち……受かった……」
「うん」
ルーディアスは笑った。
「これから、ここが僕たちの“学校”だ」
王都の喧騒の中で、二人は小さく手を握り合う。
前世で行けなかった場所。
届かなかった場所。
その一歩目に、今、確かに立っている。
「もっと強くなろうね」
ルーディアスの言葉に、リーネは力強く頷いた。
「うん。一緒に」
学院の尖塔の上で、夕日が傾き、窓ガラスが赤く染まる。
その光は、まだ幼い二人の影を、長く長く伸ばしていた。
――これは、学院での長い冒険の始まりにすぎない。
剣と魔法と、少しの家族のぬくもりを胸に。
ルーディアスとリーネの物語は、次の章へと進んでいくのだった。




