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転生したら村の落ちこぼれでしたが、本気で始めたら最強でした  作者: 妙原奇天


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第十五話「選んだ未来」

 冷たい。


 最初に自覚したのは、それだった。


 指先も、手首も、肘から先も、全部どこか遠くに行ってしまったみたいに感覚が薄い。

 胸の奥だけが、妙に熱を持ってずきずきと痛んでいた。


「ルー!!」


 誰かが叫んでいる。


 声は近いのに、耳の奥で水に浸かったみたいにくぐもっている。


「ねぇ、目を開けて……お願い……!」


 揺さぶられる感覚と、頬に触れる温もり。

 それでようやく、自分が地面に倒れていることに気づいた。


 まぶたが重い。

 でも、どうにかゆっくりと持ち上げる。


「……り、ね……?」


 かすれた声で名前を呼ぶと、視界がにじんだ。


 泣きそうな顔をした少女が、すぐ真上にいた。


 青い髪を乱し、目の下を真っ赤にしている。

 今にも壊れそうなほど震えるその顔は、見慣れた――けれど、見たことがないくらい必死なリーネの顔だった。


「ここにいるよ……!」


 彼女は嗚咽混じりに叫ぶ。


「わたし、ここだよ……! ルー、ねえ……!」


 肩にしがみつく腕が、痛いくらいに強くて、それが逆に安心をくれた。


 ああ、生きている。


 世界を書き換える魔法なんて、無茶なことをやったのだから、どこかで覚悟はしていた。

 でも、まだこの声が聞こえる。

 まだこの温かさがある。


「……ごめん。少し、寝てただけ……」


 冗談めかしてつぶやいたつもりだった。


 けれど、自分の声の弱々しさに、自分で自分が笑えてくる。


「寝てただけじゃない!!」


 リーネが叫んだ。


 その声は、彼女の人生でいちばん感情の乗った声かもしれない。


「命、削って……! 全部、ひとりで背負おうとして……! わたしの暴走まで……!」


「……あー……」


 そこまで言われてしまうと、さすがに笑ってごまかすのも難しい。


 頬を掻こうとして、指がまともに動かないことに気づく。

 仕方なく、目だけで周りを見渡した。


 崩れかけたはずの天井は、元通りに戻っている。

 床のひび割れも消え、魔法陣は静かに淡い光だけを灯していた。


 世界を書き換える魔法。


 あの瞬間に起きたことが、現実だったとしたら――。


「これは……」


 すぐそばで、イリアの声が震えた。


 銀髪の少女は、結界装置の残骸と床の術式を交互に見つめている。

 その青い瞳には、明らかな恐怖と興奮が入り混じっていた。


「完全に……空間そのものを修復してる。しかも、リーネの暴走した魔力の“痕跡”まで上書きされてる……。こんなの、理論上でもありえないのに」


 イリアはひとつ息を吐き、ルーディアスを見下ろした。


「代償魔術……命を削って、空間を書き換えた。あなたの魔力の根が、半分くらい焦げてるわ」


「半分……」


 ぞっとするような数字に聞こえるはずなのに、妙に他人事のようだった。


「あのなぁ……」


 壁を拳で殴る鈍い音がした。


 カナトだ。


 いつも無骨で無表情な少年が、今は露骨に歯を食いしばっていた。


「なんでそこまで無茶するんだよ。あんな魔法、俺だって名前くらいしか知らないのに……」


「だってさ」


 ルーディアスは、ゆっくりと息を吸い込む。


 肺に入る空気が、やけに冷たく感じた。


「逃げるの、もう飽きたから」


「あ?」


「前の人生ってさ、ずっと逃げてばっかりだったんだ。

 やりたいことからも、やらなきゃいけないことからも、痛いことからも、怖いことからも」


 リーネの手が、ぎゅっと強く握り返してくる。


 その感触を確かめながら、ルーディアスは続けた。


「だから今度は、ちゃんと選ぼうって決めたんだ。逃げないで、誰かのために魔法を使うって。……かなり、かっこつけすぎたけど」


「かっこつけですまされるか」


 カナトは顔をそむけた。


「本当に死ぬかもしれなかったんだぞ……」


「そうだよ!」


 エランの目から、またぽろぽろと涙がこぼれた。


 獣耳を震わせ、尻尾をばたばたと床に打ちつけながら、彼女はうまく言葉にならない思いを吐き出す。


「やだよ……ルーがいないなんて……! せっかく友達できて、せっかく一緒に授業して、訓練して……! これからいっぱい遊ぶ約束もしてないのに……!」


「遊ぶ約束なんてしてたっけ?」


「今、したの!!」


 エランは半泣きで叫んだ。


「これからいっぱいするの!! だから勝手にいなくならないで!」


 思わず笑みがこぼれた。

 胸は苦しいのに、不思議と心は軽い。


 こんなふうに、自分のことを心配して怒ってくれる友達がいる。


 それだけで、世界の見え方がまるで違っていた。


「ルーディアス」


 低い声が地下室に響いた。


 入口の方を見やると、いつの間にか人影が立っている。


 学院長・ザガルトだった。


 曲がった杖をつき、白髪の老人はゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 背は丸いが、その一歩一歩から伝わってくる魔力の密度は、教師たちとは比べものにならない。


 仲間たちが一斉に身構えた。


「もうリーネを傷つけさせない!」


 エランが前に出る。尻尾を逆立て、その小さな身体で立ちはだかった。


「ルーディアスも渡さない」


 カナトも杖を構え、ザガルトとルーディアスの間に立つ。


 イリアは冷たい目で学院長を見据えた。


「これ以上、二人を“鍵”だの“危険だ”のと弄ぶつもりなら……相手になります」


「お、お前ら……」


 自分のために全力で敵対姿勢を見せてくれる仲間に、ルーディアスは胸が詰まった。


 そんな彼らを見て、ザガルトは深々とため息をつく。


「……わしを何だと思っているのだ」


 老人はゆっくりと杖を鳴らした。


「言っておくがな。あの光柱が都市の一角を消し飛ばしたとき、お前たちが生き残れたのは――間違いなく、この少年の魔術のおかげだ」


 誰も言い返せなかった。


 ザガルトはルーディアスの傍まで来ると、皺だらけの手を彼の胸元へ翳す。

 温かい光がゆっくりと流れ込み、焦げたようにひび割れていた魔力の根を撫でていく。


「子どもが使っていい魔法ではない」

 老人は低くうなるように言った。


「命を削って世界をいじるなど、本来は禁忌中の禁忌だ。

 だが、これほどの魔術を使いこなせる素質を持った者は、歴史に何人いたか……」


「だからって、ほめられても困ります……」


 ルーディアスは、照れくさく視線を逸らす。


 リーネが顔を上げた。


 涙で濡れた瞳が、必死に学院長を見据える。


「ルーを……助けてください」


 声は震えていたが、はっきりと言葉になっていた。


「ルーが、わたしを守ってくれたの……!

 わたしの暴走を止めるために、自分の命まで削って……!」


 ザガルトはしばし黙った。


 やがて、小さくうなずく。


「安心しろ。死にはせん。

 ただし――魔力の根は深く焼けておる。完全に元通りというわけにはいかん」


 リーネの肩が震える。


「そんな……」


「無理に以前と同じだけの魔力を流せば、あっけなく死ぬじゃろうな」


「学院長!」


 思わずイリアが声を荒げた。


「言い方というものが――」


「だが」


 ザガルトは言葉を継いだ。


「今のこやつには、わしらが思っている以上の“芯”がある。

 魔力の流れを組み替え、別の形で強くなっていくこともできるじゃろう」


 老人は、ルーディアスをじっと見つめた。


「生きるか死ぬかを決めるのは、魔力の量ではない。

 どれだけ本気で生きたいか、その意思じゃ」


「……本気で、生きたい、か」


 ルーディアスは小さく息を吐いた。


 前の人生では、その言葉を本気で考えたことすらなかった。


 今は違う。


「僕は……この世界で、本気で生きたい」


 はっきりと言った。


 自分のためだけじゃない。

 目の前の仲間たちのためにも。

 腕の中で泣きながら震える少女のためにも。


「だから、生きる方を選びます」


 ザガルトは口の端を僅かに上げる。


「よかろう」


 それきり、老人は話題を変えるようにリーネへと視線を移した。


「さて、禁域の民の娘よ」


 リーネの身体がびくりと跳ねる。


 青い髪が揺れ、その色が地下の光の中で冷たく輝いた。


「先ほどの暴走と光柱の干渉について、おおよその見当はついた」


 ザガルトは重く言葉を置いた。


「魔王封印の揺らぎだ」


「封印……」


 ルーディアスが小さく繰り返す。


「古代魔王は、遥か昔に封じられたとされている。

 だが、その封印は永遠ではない。

 世界のどこかで時空が歪み、その影響が都市を削り取るような現象として現れた」


 光柱。

 街の一角がまるごと消えた、あの不可解な現象。


「あれは魔王本人の力ではない。

 封印に生じた“穴”だ。

 そして、禁域の民――お前たち“鍵”は、その揺らぎに反応するよう造られている」


 ザガルトはリーネを真っ直ぐ見つめた。


「言い換えれば、お前は危険を知らせる“警報装置”であり、封印の状態を調整するための“調整器”でもある」


「警報……」


 リーネは呆然とした。


「じゃあ……わたしは……」


 ずっと、自分の存在そのものが危険だと思ってきた。

 生まれつきの魔力の不安定さに怯え、振り向かれる視線に怯え、距離を置くことでしか自分を守れなかった。


 それでも、世界を壊したくない一心で、自分の感情を押し殺してきた。


「では……わたしは……悪く、ないの……?」


 震える声に、ほんの小さな希望が混ざっていた。


 ザガルトは静かにうなずく。


「悪くない。少なくとも、“世界を壊そうとした張本人”ではない」


 そこで少し言葉を切り、続けた。


「だが――“必要”ではある」


「必要……」


 リーネの唇が震える。


「封印の揺らぎは、この学院都市だけの問題ではない。

 おそらく世界のどこか、複数の場所で起きている。

 禁域の民は、本来その揺らぎを察知し、封印を補強するために存在した一族だ」


 ザガルトは重々しく告げる。


「お前は、おそらく――最後の“鍵”だ」


 地下室の空気が固まった。


 最後の鍵。

 それはつまり、他に同じ役割を果たせる者がいないということだ。


「そんなの……」


 リーネの手が、ぎゅっとルーディアスの服を掴む。


「そんなの……いや……。また誰かを傷つけちゃう……。また、迷惑かける……」


「違う」


 ルーディアスは即座に否定した。


 声はまだ弱い。

 それでも、言葉に込めた意思は揺らがない。


「危ないのは、封印が揺らいでる方でしょ。

 リーネは、ただそれに反応しちゃうだけだ」


「あ……」


「封印の揺らぎに気づける人がいなかったら、街が消えるのにも誰も気づけない。

 リーネがいたから、僕らは間に合った。

 だから――」


 ぎゅっと、彼女の手を握り返す。


「君がいない方が、世界にとって危ない」


 リーネの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれた。


 ずっと自分を“世界の邪魔者”だと思っていた。

 生まれてはいけない存在。

 周りからそう扱われ続けて、自分でもそう信じていた。


 なのに――。


「……ルー……」


「君がいるから、僕はここまで来れたんだよ」


 ルーディアスは微笑む。


「魔法を教えてくれて、基礎を叩き込んでくれて、暴走しそうなときはいつも先に気づいてくれて。

 僕の魔力が変な方向に走りそうなとき、いつも隣で制御してくれたのは誰?」


「わたし……」


「そう。僕が今こうして世界を書き換える魔法なんて使えたのも、リーネの教えがあったからだよ。

 だから、危険とか役立たずとか、二度と言うな」


 リーネは声にならない声を漏らしながら、何度も何度もうなずいた。


「わたし……ルーと一緒じゃないとだめ……。

 ひとりじゃ、また壊れちゃう……。

 鍵とかじゃなくて……ただの、リーネでいたい……」


「じゃあ、そうしよう」


 ルーディアスはさらりと言う。


「君は君でいて。鍵かどうかなんて、後から決めればいい。

 僕は、君と一緒に未来を見たいからさ」


 エランが鼻をすすりながら笑った。


「ルーっぽい……! そういうところ、ほんとズルい!」


「ズルいって何さ」


「こっちはこんなに心配して泣いてたのに、さらっとかっこいいこと言うんだもん!」


 カナトは照れ隠しみたいに鼻をこする。


「……まぁ、お前らしいよ」


「そうね」


 イリアもほんの少し口元を緩める。


「あなたなら、魔王封印でも何でも、ついでみたいな顔をして書き換えそうだわ」


「ついでって……それはさすがに言いすぎでしょ」


 冗談交じりの言葉たちが、緊張で固まっていた空気をすこしだけゆるめていく。


 ザガルトはそんな様子を眺めながら、ゆっくりと杖を鳴らした。


「封印の揺らぎは、おそらくこれから頻度を増していく。

 学院都市だけでなく、王都の外、辺境、異界との境目……世界中でだ」


 老人の声は重い。


「このまま手をこまねいておれば、いずれ世界そのものが崩壊する」


 黙り込んだ仲間たちの中で、ルーディアスは真っ先に顔を上げた。


「だったらさ」


 かすかに笑う。


「僕たちが、止めればいい」


「は?」


 カナトが思わず素っ頓狂な声をあげた。


「お前、今どんな状態だと思ってんだ……」


「分かってるよ。でも――」


 ルーディアスは、ひとりずつ仲間の顔を見た。


「エラン。君の耳と勘は、危険を察知するのに役立つ。

 カナト。君の技術があれば、封印対応用の道具も作れる。

 イリア。君の頭脳と魔術理論がなかったら、僕はさっきの魔法すら組めてない。

 そしてリーネ。君がいれば、封印の揺らぎに誰より早く気づける」


 そこで一度息を吸い込み、右手を胸に当てた。


「僕は……世界を書き換える魔法を使えた。

 代償は重い。でも、この力は“封印の穴をふさぐため”にある気がする」


 そう口にしてみると、不思議としっくりきた。


 前の人生では、何の役にも立てなかった。

 ただの重荷で、誰の期待にも応えられないまま終わった。


 だからこの世界では――。


「僕たちで、“世界のほころび”を繕う旅に出ない?」


 エランがぱっと目を輝かせた。


「出る!!」


 食い気味の返事だった。


「絶対出る!! だって楽しそうだし、世界を救うとか、ちょっと憧れてた!」


「お前はもうちょっと深刻に考えろよ……」


 カナトは呆れたように言いつつ、すぐに続ける。


「……まぁ、鍛冶屋の息子としては、お前らの装備を作るってのは悪くない。

 文句言いながら付き合ってやるよ」


「ふふ」


 イリアは肩をすくめた。


「あなたたちだけで行かせたら、必ず途中で詰むわね。

 特に、魔術理論面で」


「ひどくない?」


「事実よ。だから、仕方なくついて行ってあげる。

 世界の崩壊なんて、研究対象としても興味があるし」


 リーネは、ぎゅっとルーディアスの袖を掴んだ。


「わたしは……」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、やがて小さく息を吸う。


「わたしは、ルーが行くなら、一緒に行く。

 もう置いていかれるのは嫌。

 世界がどうとか、封印がどうとかよく分からないけど……」


 真っ直ぐな青い瞳が、ルーディアスを射抜いた。


「ルーが選んだ未来を、わたしも一緒に選びたい」


 胸の奥がじんわりと熱くなる。


「ありがとう」


 それだけ言うと、ザガルトが小さく笑った。


「良い仲間に恵まれたな、ルーディアス・ミナリオ」


 老人は杖を軽く回して床を叩く。

 その音が合図のように、地下区画の術式全体が一瞬だけ明滅した。


「わしから言えるのは二つだ」


 ザガルトは指を二本立てた。


「ひとつ。お前たちの旅路は、学院の外に広がる世界そのものを知る機会になるじゃろう。

 そこで何を見て、何を選ぶかは、お前たち次第だ」


 もう一本の指が添えられる。


「ふたつ。封印の揺らぎは、確かに恐ろしい。

 だが同時に――“世界が変わろうとしている予兆”でもある。

 それが崩壊か、進化かを決めるのは、結局は人の選択だ」


 ルーディアスはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりとうなずく。


「僕は……後悔しない選び方をしたいです」


 前の人生みたいに、何も選ばないまま終わるのはもう嫌だ。


「君のその言葉が、何よりの答えじゃろう」


 ザガルトは背を向けると、歩き出した。


「準備が整い次第、学院としてもお前たちに協力しよう。

 ただし――」


 振り返りざま、ニヤリと口の端を上げる。


「学院の生徒である以上、単位はちゃんと取るのだぞ」


「そこですか……!」


 エランが笑い、カナトが肩をすくめ、イリアがふっと吹き出した。


 リーネも、ようやく少しだけ笑顔を取り戻す。


 地下区画に満ちていた緊張は、すこしずつほどけていった。


 それでも――。


 ルーディアスの胸の奥には、確かな重みが残っている。


 世界を書き換える魔法の代償。

 焼けた魔力の根。

 封印の揺らぎ。

 禁域の民。

 そして――自分が選んだ“これから”のこと。


「ルー」


 リーネがそっと声をかけてきた。


「本当に……行くの?」


「うん」


 迷いなく答える。


「この世界に生まれ直したことに、ちゃんと意味を持たせたいから」


 リーネは少しだけ黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「なら、わたしも一緒。

 だって――」


 彼女は、ほんの少し顔を赤くしながら言った。


「わたしの未来も、ルーと一緒に選びたいから」


「……うん」


 胸の奥が、さっきまでとは違う意味で熱くなる。


 エランがにやにやとこちらを覗き込み、カナトは露骨に視線をそらし、イリアは「青春ね」とでも言いたげに肩を竦める。


「じゃあ」


 ルーディアスは、ゆっくりと身体を起こしながら言った。


「僕が選んだ未来は――」


 四人の仲間と、ひとりの少女に向かって、真っ直ぐに宣言する。


「みんなで世界を見て、世界を守って、世界を少しだけ“書き換える”旅だ」


 誰かだけが笑っている世界じゃなくて、

 誰かだけが泣いている世界でもなくて。


 少しずつでもいいから、前よりマシな未来に変えていく。


 そんな途方もない願いを、今の自分なら口に出してもいい気がした。


「よし!」


 エランがぴょんと跳ねる。


「じゃあまずは装備だね! 旅といえば装備! おいしいごはんも大事!」


「現金なやつだな」


 カナトは呆れ顔だが、その目はどこか楽しそうだった。


「準備する物のリストを作る必要があるわね」


 イリアは早くも頭の中で必要事項を整理し始めている。


「その前に」


 リーネが少しだけいたずらっぽく言った。


「ルー、ちゃんと寝て回復させてからね。

 また命削るなんて、絶対に許さないから」


「はい……」


 さすがにそれには反論できない。


 笑い声が、地下室に柔らかく響いた。


 こうして――。


 アルグラン魔導学院での騒がしくも眩しい日々、“学院編”はひとつの区切りを迎えた。


 だが、ルーディアスたちの物語は、ここで終わりではない。


 世界のあちこちで揺らぎ始めた封印。

 禁域の民の真実。

 魔王の影。

 そして、世界を書き換える魔法の代償。


 それらすべてが、これから先の旅路で彼らを待っている。


 選んだ未来へ向かって歩き出す彼らの背中は、まだ幼く、頼りなくも見える。

 けれどそこには、かつてのルーディアスが知らなかった――確かな絆と、前に進もうとする強さが宿っていた。


 新しい章の幕は、すでに上がりかけている。


 ルーディアスたちの世界は、ここから本当に広がっていくのだった。

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