チームって、もっと楽しいもんだと思ってたのに
「……とにかく、やるしかねぇ」
翔真は自分に言い聞かせるように、グラウンドに立った。
不安も疑念も、今は脇に置いておく。
サッカーをやるしか道はない――そう思ったからだ。
ドリブル、パス練習、シュート練習。
異世界の部員たちの技術は相変わらず壊滅的だったが、翔真は自分の動きを一つひとつ丁寧に繰り返していった。
――その時。
「……ん?」
胸の奥が熱くなる。
視界の端に、光のウィンドウが浮かび上がった。
《レベルアップ!》
《新スキル獲得:スティール》
「……スキル?」
思わず立ち止まる翔真。
脳内にスキルの説明が流れ込んでくる。
《スティール:半径1メートル以内にあるボールを、自動的に自分の足元へ引き寄せる》
「……え?」
試しに隣の部員が蹴っていたボールに近づいてみる。
すると――。
スッ……。
自然に、まるで磁石に吸い寄せられるようにボールが翔真の足元へ転がった。
「お、おおぉぉっ!!」
「すげぇ! ボールが勝手に来た!」
「異世界人やっぱやべぇ!」
チームメイトたちは大興奮だ。
ローベルトも目を輝かせ、両手を打ち鳴らす。
「これだ! まさに守備の切り札! どんなボールも奪えるぞ!」
一方、翔真の表情は微妙だった。
「……いや、これ……強いのか?」
確かにボールを足元に引き寄せられるのは便利だ。
だが発動範囲はたったの半径1メートル。
ドリブルの一歩分だし、相手が必死に抵抗していたら簡単に奪えるわけでもない。
(正直……めちゃくちゃ微妙じゃね?)
仲間たちが大はしゃぎする中、翔真だけは心の奥で首をひねっていた。
(もっと派手でカッコいいのを想像してたのに……なんだよ、“半径1メートル”って……)
けれど――。
このスキルが、やがて翔真の武器となり、数々の奇跡を呼ぶことを、この時の彼はまだ知らなかった。
数日後。
グラウンドに向かった翔真は、見慣れない女性が立っているのに気づいた。
「……誰?」
ショートカットで、瞳は強い意志を宿したように鋭い。
腕を組み、こちらを真っ直ぐに睨みつけるように立っている姿は、ただの見学者ではなさそうだった。
「私の名前はリオーネ。マネージャーを希望して来たわ」
はっきりとした声。
気弱さの欠片もなく、むしろ堂々とした雰囲気が漂う。
その瞬間、翔真は直感した。
(……絶対、気が強いタイプだ)
「マネージャーぁ? いらねぇよ!」
声を荒げたのはザグだった。
坊主頭を光らせ、目つきをさらに悪くしてリオーネを睨みつける。
「女がしゃしゃり出てくるな! 水運びくらいなら自分でやる!」
「はぁ? 私が水くみなんかのために来たと思ってるわけ?」
リオーネは冷ややかに言い返した。
その挑発的な笑みに、グラウンドの空気が一気に張り詰める。
「マネージャーは雑用じゃない。チームを支える役割なの。……ま、あんたみたいな脳筋にはわからないでしょうけど」
「なにぃっ!?」
ザグの顔が真っ赤になる。
拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうな迫力だ。
ローベルトが慌てて二人の間に割って入る。
「お、おいおい! 喧嘩するなって! まだ話を聞いてからでも遅くないだろ!」
だが、ザグとリオーネの睨み合いは続く。
翔真はただその光景を見ながら――。
(……なんか、また面倒なことになりそうだな)
そう、心の底から思ったのだった。
リオーネは胸を張り、熱を帯びた声を放った。
「私はね――サッカーを愛しているの」
その言葉だけなら、普通に聞こえる。
だが、次に続いた言葉が翔真を凍りつかせた。
「剣が飛び交い、魔法で大地が抉られる。雷鳴の轟音、血しぶき、歓声と悲鳴の入り混じるあの瞬間――あれこそが芸術よ!」
「げ、芸術……?」
翔真は思わず後ずさる。
(いやいや……俺の知ってるサッカーと違いすぎるだろ……)
リオーネは瞳をうっとりと輝かせ、両手を胸に当てる。
「命を賭け、異能をぶつけ合う。その中でたった一つのゴールを決める! その尊さに私は憧れるの!」
翔真は苦笑するしかなかった。
(俺にとってのサッカーは……もっとこう、青春とか、スポーツとか……。殺伐とか芸術とか、そういうんじゃないんだけどな)
そのとき、ザグが怒鳴り声を上げた。
「ふざけんなッ!!」
坊主頭を怒りで真っ赤にし、リオーネを指差す。
「サッカーはスポーツだ! 戦いじゃねぇ! 血を流して喜ぶなんざ外道だろうが!」
「外道……?」リオーネは小首をかしげ、にやりと笑った。
「綺麗事で勝てるほど甘い世界じゃないわ。弱ければ潰される、それがサッカーよ」
「チッ……!」
ザグは地面を踏み鳴らし、吐き捨てるように言った。
「お前みたいな考えの奴、絶対にこのチームに入れねぇ!」
リオーネは笑みを崩さず、余裕の表情で翔真に視線を向ける。
「どうする? あなたはどっちを信じるの?」
問いかけられた翔真は、返答に詰まってしまった。
(……いや、俺に聞くなよ!?)
リオーネの鋭い視線が翔真を突き刺す。
「……ねぇ、翔真。あなたはどっちなの? 本気で“スポーツ”だと思ってやってるの? それとも――この世界の“命懸けのサッカー”を受け入れる覚悟があるの?」
突然の問いに、翔真の喉が詰まった。答えられない。
(……そんなこと、まだわかるはずがない。俺はただ……サッカーがやりたくて……)
沈黙する翔真に、ザグがすぐさま噛みついた。
「ほら見ろ! やっぱりこいつはただの異世界人だ! 甘ったれた考えでこのフィールドに立つなんざ、ふざけやがって!」
坊主頭を揺らしながら、ずんぐりした体を前に突き出し、翔真を睨みつける。
その目つきは、ただでさえ悪いのに、今は怒りで燃え上がっていた。
翔真は思わず一歩下がる。けれど、そこへ低い声が響いた。
「……そこまでにしておけ」
振り返れば、ローナルドが立っていた。逞しい体躯を影のように揺らしながら、静かに二人の間へ割って入る。
「ザグ。お前の気持ちはわかる。だが、ここは練習の場だ。仲間を潰す場所じゃない」
「……チッ」
ザグは舌打ちして視線を逸らす。
「リオーネもだ。お前の情熱は本物だが、今は問い詰めるときじゃない。翔真には翔真の答え方がある」
ローナルドの声には圧があった。リオーネも、ぐっと唇を噛んで一歩引く。
その場には、重たい空気だけが残った。
翔真は胸の奥にしこりを抱えたまま、グラウンドに立ち直る。
「……よし、練習を始めるぞ」
ローナルドの号令と共に、ボールが転がる。だが、パスを回す足取りはぎこちなく、声を掛け合う仲間たちの声も、どこか硬い。
(……チームって、もっと楽しいもんだと思ってたのに……)
翔真の胸の奥に、小さな不安が広がっていく。




