“炎でなんでも解決”理論
朝の練習が終わり、ギラギラと照り返すグラウンドでローナルドが俺たちを呼び集めた。
酒で赤らんだ顔をしかめ、空になった酒瓶をぽんと地面に置く。相変わらず品がない。
「酒はなくなったが――明日、練習試合をやるぞ」
ローナルドの声はいつものいい加減さをまとっているが、言葉には強さがあった。
俺は思わずツッコむ。
「おい、酒は関係ねぇだろ! どこの酒宴の合図だよ!」
ローナルドは肩をすくめて笑った。
「関係あるだろ。気合だ。気合が!」
改めて相手校の名前が告げられる。
「相手はレイモンドジュニアハイスクールだ。元々は野球の強豪校だが、最近サッカー部を作ったらしい。先方から申し入れがあった」
野球強豪――って言葉に、無意識に身が引き締まる。こいつら、やっぱり何かしでかしてきそうだ。
トマーティオが鼻先をわずかに上げながら言った。
「どこであれ、俺がぶっ潰す」
その自信たるや、相変わらず過剰燃焼気味だ。俺は彼の背中をちらりと見て、内心でため息をつく。
リオーナは眉を寄せて冷ややかに言う。
「また封印されたりしないでよね。迷惑だから」
場内の空気が一瞬凍りかける。俺も思わず顔を強ばらせた。だが、そこに笑いが混じるのはザグだけだ。
「おう、心配すんな! 俺ら、前よりずっと強くなってるぜ。楽しもうや!」
ザグの言葉は単純で、でもどこか温かい。思わず安心しかける自分がいて、胸の奥に小さな火が灯る。
(うん、結局はここなんだ。仲間とボールがあれば、ちゃんと前に進めるんだ──)
俺は拳をぎゅっと握りしめた。負けた悔しさはまだ消えていない。だけど、それを埋めるんだ。次は絶対に――。
翌日。
俺たちは練習試合の会場、レイモンドジュニアハイスクールへ足を踏み入れた。
校門をくぐった瞬間から、ただならぬ気配。
壁に掛けられたバットのオブジェ、校舎に描かれた巨大な野球ボールのモニュメント、廊下に並ぶ黄金のグラブ。どこを見ても野球、野球、野球――。
「うわっ……なんだこの気味の悪さは……」
トマーティオが眉をしかめる。
リオーナも肩を抱いて震えた。
「これじゃあ力が発揮できないわ。空気が野球くさい……」
ザグは額に汗を浮かべながら周囲を見回す。
「圧倒的なプレッシャーだ……押しつぶされそうだ……」
「お前らいい加減その“野球アレルギー”どうにかしろよ!」
俺は思わず叫んだ。だが、彼らの表情は本気だ。どんだけ野球を敵視してんだ……。
やっとの思いでサッカーグラウンドへたどり着くと、ひとりの少年が俺たちに歩み寄ってきた。
小柄だが、陽光に照らされた金髪はぎらつき、瞳は氷のように冷たい。
彼は迷うことなくトマーティオの前に立つと、唇を歪めて言い放った。
「よく恥ずかしげもなく顔を出せましたね。封印されて惨敗した負け犬のくせに」
グラウンドの空気が、一瞬で凍りついた。
俺は思わずごくりと唾を飲み込む。
(こいつ……ただのサッカー少年じゃねぇな……)
隣でトマーティオの拳がわなわなと震え、爆発寸前の火薬のように熱を帯びていた。
トマーティオの顔が一瞬で真っ赤に染まり、ギラリと目を光らせた。
「……なんだと。誰に向かってほざいてやがる?」
鋭い殺気を放ちながら少年を睨みつける。
「今すぐに消し炭にしてやろうか?」
しかし、金髪の少年は怯むどころか、口元に余裕の笑みを浮かべて肩をすくめた。
「ひょうひょうとしてますねえ……。相変わらず野蛮なんですよ、トマーティオ兄さんは。そんなだから封印されたりするんです」
「……え?」
翔真たちは思わず顔を見合わせ、そしてトマーティオと少年を交互に見た。
「に、兄さん?」
「ふざけんな!」
トマーティオは怒気を爆発させる。
「俺はお前なんか知らねえ!兄さんだと?笑わせるな!」
だが少年は涼しい顔のまま、ポケットから一枚の写真を取り出した。
「やれやれ……。たった一年会わなかっただけで忘れてしまったんですか? 兄さんのようにサッカーしかしてない輩は、やっぱり記憶力がミジンコ並ですね」
その写真には、肩を組んだトマーティオと少年がサッカーボールを手にして写っていた。背後には、両親らしき人物までしっかりと映っている。
「ほら、これで兄弟って認めますか、兄さん」
「……!?」
トマーティオは写真をひったくるように掴み取り、まじまじと見つめる。
「ち、違う!これは……俺だが……こんな写真は知らん!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「加工だ! 加工だろ!コラ画像だろうが!!」
「いやいやいや……」
俺は写真を見比べながら、金髪の少年とトマーティオを交互に指差した。
「どう見ても似てるだろ! これ、絶対兄弟だって!」
「はぁ?」
トマーティオがすごい剣幕でにらみ返してきた。
「記憶にねえって言ってんだろ! 知らんもんは知らん!」
「でもな……」
ザグが顎をさすりながら、やたら真剣な顔で言った。
「一年前のことなんか絶対覚えてねえだろ。俺だって一年前のことなんか一個も覚えてねえぞ」
「そうよ」
リオーナまで腕を組んで頷く。
「普通は忘れるの。逆に一年間のことを全部覚えてるほうが異常。そんなやつ、病気よ」
「病気って……」
俺は思わず頭を抱えた。
「お前ら、そんなに忘れちゃうの……? この世界の人たち、記憶力ざる過ぎないか……?」
胸の奥にちょっとした不安がよぎる。
――もしかして一年後、みんな俺のことすっかり忘れてたりして……。
……でも一つだけ疑問があった。
なんでこの金髪の少年――レターティオは、トマーティオのことを忘れてないんだ?
「なあ、なんで君はトマーティオを覚えてるんだ?」
「君って……」
少年は胸を張って名乗った。
「僕はレターティオ。兄さんのことを忘れるわけがない!」
……兄さん? また出たよ。
「だって兄さんがトナリーナを辞めたせいで、僕もサッカー部を追い出されたんですから!」
レターティオは憤慨しながらまくしたてる。
「実力のない僕が名門トナリーナのサッカー部に入れたのは、兄さんのコネのおかげだったのに! 急に転校なんかするから、僕まで一緒に切られたんですよ! だから僕はこんなサッカー部の無い学校に転校して……肩身の狭い思いでボールを蹴ってるんです!」
……あのさ、コネ入部って自分で言っちゃっていいの?
「兄さん! この試合に負けたら、僕と一緒にトナリーナに戻ってください!」
「嫌だね」
トマーティオは即答だった。
「俺はローナルド監督のもとでサッカーしたいんだよ」
「そ、そんな……!」
レターティオは顔を真っ青にして固まった。
俺はそこで素朴な疑問をぶつけてみる。
「なあ、そんなにトマーティオと一緒にサッカーしたいなら、うち――テイコウに来ればいいんじゃないの?」
「な、なに言ってるんですか!」
レターティオは全力で首を横に振った。
「そんな弱小サッカー部に来るなんて絶対に嫌です! 僕は名門サッカー部に所属したいんです! サッカーなんかどうでもいいんです! 名門がいいんです!」
……。
俺は頭を抱えてため息をついた。
「……サッカーしなくていいなら、もう入部しなくてよくない?」
言ってて虚しくなった。ほんと、この兄弟、どうしてこうなんだ。
「とにかく!」
レターティオが指を突きつけてきた。金髪が太陽に反射してやけにギラついて見える。
「勝負です!! とっとと負けてトナリーナに帰ってください!」
……いや、なんでそんな命令口調なんだよ。お前がこっちに来ればいいだろ。
「調子に乗るなよ」
横でトマーティオがギラリと目を光らせる。
「俺の炎で消し炭にしてやるからな!」
やばい、出た。トマーティオの“炎でなんでも解決”理論。
「待て待て待て!」
俺は慌てて割って入った。
「ここサッカーグラウンドだからな!? あくまでサッカー勝負だからな!? 消し炭にする勝負じゃないからな!!」
マジでこの兄弟、会話の前提がすぐ燃やす方向に行くのやめてほしい。こっちは練習試合しに来ただけなのに、なんで命のやり取りみたいな空気になってんだよ……。




