忍者デビュー、誰も祝ってくれない
とりあえず俺は言われるまま、盗賊ギルドの隣にある“忍の里”とやらに来てみた。
……いや、“里”って言うからどんだけ広いのかと思ったら、ただの一軒家じゃねえか。しかも見慣れた石造りの町並みの中に、急にドンと建ってる和風建築。浮きすぎてて逆に目立つだろコレ。
「えっと……すいませーん」
ノックしてみた。……シーン。
もう一度。……シーン。
「……無反応かよ」
扉を押してみても、引いてみてもピクリとも動かない。
仕方なく声を張り上げる。
「ごめんくださーい! どなたかー!」
……やっぱり無反応。
「なんなんだよ一体……」
忍者だから隠し扉的な仕掛けでもあるのかと思って、壁を押したり縁っぽいところを探したり……でも何も起きない。
数分後、俺はすっかり疲れ果てて盗賊ギルドに戻った。
「……あの、誰もいないんだけど」
盗賊たちは口々に言う。
「あー、いるよいる! 忍んでるだけだ」
「忍者だからさ、そりゃ忍ぶだろ」
「いやいやいや! いくら忍んでても、訪問者をガン無視するのはどうなんだよ!」
頭を抱える俺に、盗賊の一人が肩を叩いた。
「まあ、目を凝らしてしっかり探してこい」
「いやだから俺、すでに壁とか全部触ってきたからな!? マジでどうしろってんだよ……」
俺は再び“忍の里(ただの隣の家)”の前に立った。
盗賊どもは「目を凝らせ」って言ってたけど……凝らして見えるもんか。
「……わからん」
仕方ない。こうなったら奥の手だ。
「【開眼・L2!!】」
目がギラリと赤く光る。世界がスローモーションに……なるかと思ったけど、何も変わらない。
ただの充血みたいになっただけだ。
「……全然見えねぇ」
あきらめて帰ろうとした、その瞬間――。
――ギィィ……。
固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いた。
「合格だ! 入れ!」
「え、ええええ!? 合格? 俺なんか試験受けてた?」
目を光らせて諦めたら合格って、どんなシステムだよ!
困惑する俺をよそに、声はさらに続ける。
「さあ、恐れず踏み込め!」
「いやいやいや……どう考えても恐れるやつだろコレ!」
俺は心臓バクバクのまま、恐る恐る中へ足を踏み入れた。
「そこに立て」
忍者の一声に従い、俺は部屋の中央へと足を運ぶ。
畳の感触がやけに冷たい。
そして、次の瞬間。
「……な、なんだとっ!? い、いつの間に……!」
俺は絶句した。
気づけば、四方八方を黒装束の忍者たちが取り囲んでいたのだ。
さっきまで誰もいなかったはずなのに……!
「(……いやいやいや、今、何人増えた!? 壁から? 天井から? それとも床下から!? ちょっと待って心臓に悪い!)」
俺がパニックになってきょろきょろと視線を彷徨わせていると――。
「じっとしろ。今から儀式だ……」
リーダー格らしき忍者の声が、低く、重く響いた。
「……儀式……?」
俺はごくりと唾を飲み込む。
嫌な予感しかしない。
というか、ここに来てから嫌な予感しかしてない。
――と、その時。
忍者たちが一斉に口を開いた。
♪影に生き~影として世を忍び~
耐え忍び~人知れず任務をこなし~
人知れず死んでい~♪
……歌!?
部屋いっぱいに、異様な低音の合唱が響き渡った。
お経のように暗く、湿っぽい旋律。
歌詞はさらに重い。忍んで忍んで最後は人知れず死亡って、どんな職業案内だよ!
「(うわぁぁぁぁぁ……なんだこれ……!? 暗い! 重い! やる気削がれる!)」
胸の奥がずしんと沈む。
曲調のせいか、歌詞のせいか……とにかく気分が最悪だ。
「……なりたくないな、忍者……」
俺はどんよりとした声で、心の底から呟いていた。
「す、すいません……」
俺はおずおずと手を上げた。
「やっぱりいいです。忍者……向いてない気がするんで……」
そう言った瞬間。
「ダメだ……」
忍者たちの低い声が、ズシンと部屋に響いた。
「えっ、なんで?」
思わず素の声が出る。
「もうすでにお前は忍びだ」
「下忍としての人生は始まっている」
「えっ……いやいやいや、まだ『よろしくお願いします』とか言ってないし! エントリーシートも書いてないし! なんなら今、断ったし!」
「ダメだ」
「お前はすでに忍びの仲間」
「えっ……お断りしたいんだけど……」
「断るなら――抜忍として始末する」
「うわっ最悪じゃねぇか!!」
頭を抱えた。これ、どっちに転んでも地獄じゃん!
……結局、俺はあきらめた。
「(……マジか。なんでサッカー強くなりたくて来ただけなのに、命かけて忍者になる羽目になってんだよ……)」
「さあ、儀式の再開だ……」
再び忍者たちの暗い歌声が流れ出す。
♪影に生き~影として世を忍び~
耐え忍び~人知れず任務をこなし~
人知れず死んでい~♪
……延々と。延々と。
俺の心は、完全に真っ暗になった。
「(……うん、サッカーやる気どころか、生きる気力まで削られてる……!)」
歌が終わった。
……いや、終わったって言うより「俺の魂をしっかりどんよりさせきってから」終わった。
「さあ、これでお前も一人前の下忍だ」
忍者たちが神妙な顔で告げる。
「下忍……」
俺はつぶやいた。
……それ、一人前って言っていいのか?
いや、「下」ってついてる時点で二流感すごいじゃん。
「これからお前は影として生きるのだ」
「日の目を浴びることはない」
その言葉が、ずしんと胸に落ちる。
俺の目に暗い光が宿った――気がする。
「(マジか……俺、サッカーで太陽みたいに輝きたいのに……なんで影サイド専門の人生に……)」
すると、一人の忍びが俺を指差した。
「その証だ」
――次の瞬間。
「うおっ!?」
背中が急に熱くなった。
ゴウッと燃えるような感覚。慌てて振り返ると、壁に映った自分の影の背中に――
でっかく「下忍」の二文字が浮かび上がっていた。
「……いや、ダサっ!?」
背中にドン!と「下忍」。まるで祭りの法被か居酒屋のユニフォームだ。
「この背中の文字……なんとかならないのかな。盗人の時もそうだったけどさぁ……」
影の戦士というより、安い居酒屋チェーンのスタッフにしか見えない俺。
「(……マジで俺、サッカー選手への道どんどん遠ざかってない?)」
「そう嘆くな」
忍者たちが低い声で言った。
「忍者は上級職だ。世間に出ればワンランク上の男だ」
「いや、世間に……出れないよね? 影だし」
俺はツッコまずにはいられなかった。
「それはお前次第だ」
と、まるで意味の分からない禅問答を残し、忍者たちはスッと闇に消えた。
「……意味わからん」
とりあえず俺は学校に戻ることにした。
案の定、待ち構えていたのはローナルドだった。
「お前はまた練習をサボって……!」
「ち、違うんだ! 俺、忍者になったんだ!」
胸を張って宣言する。
「上級職へ転職したんだ!」
ローナルドの反応は――
「だからなんだよ」
……薄っ!
俺の心の中で、ちょっとした花火大会が始まったのに、彼の反応は線香花火の終わりかけレベルだった。
仕方なく、俺はリオーナたちのところへ駆け寄った。
「聞いてくれ! 俺、忍者になったんだ! 上級職だぞ!」
リオーナは首をかしげ、さらっと言う。
「……で?」
トマーティオも肩をすくめた。
「俺たち魔法使いは最初から上級職だしな。やっとって感じ?」
ザグは腕を組んでニヤリと笑う。
「俺なんか、戦士と僧侶を経てモンクだからな。上級職自慢って……ダサいぞ」
……ぐはっ!!
胸に矢が何本も突き刺さるような衝撃。
「お、俺の……上級職デビューが……」
膝から崩れ落ちる俺。
忍者デビュー、誰も祝ってくれない。
「(こんなはずじゃなかったのに……俺、影に生きる前に心が闇に落ちそうだ……)」




