無理ゲーにも程がある
サッキーは相変わらず、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべていた。
「おまえはな、異能サッカーのために召喚されたんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、翔真の心臓がドクンと跳ねた。
「……異能、サッカー?」
「そう。こっちの世界のサッカーは、ただのスポーツじゃねえ。炎を纏ったシュートとか、空を駆けるドリブルとか、そういう“力”を持ったやつらの戦場だ」
サッキーは翼をぱたぱたと震わせ、どこか誇らしげに言った。
翔真の胸に、ほんの一瞬だけ希望の光が宿る。――自分も、そんな世界でプレーできるのか?
だが、次の瞬間、その期待は無惨に砕け散った。
「でもな。おまえは“使えない”って判断された。Fランク。ゴミ。だから召喚元にとっては、ハズレくじだったんだよ」
淡々と告げられた言葉に、翔真は息を呑む。
(……俺が、捨てられた?)
脳裏に、真っ黒な空洞が広がっていく。
部活でベンチに座り続けたときの虚しさ。
試合に出られなかった悔しさ。
それでもサッカーが好きで続けてきた自分。
その全部が、異世界に来ても“無価値”だと突きつけられたのだ。
「……そんな……」
翔真は拳を握り締める。
胸の奥が、焼けるように熱かった。
「……待てよ」
翔真は額に手を当てて、必死に頭を整理しようとした。
「さっきから“異能サッカー”とか言ってるけど……それ、本当にサッカーなのか?」
自分の知っているサッカーは、緑のフィールドで十一人が走り回り、ボールを繋いでゴールを狙う競技だ。
だが、サッキーの口ぶりは――どう考えても異常だ。
そんな翔真の困惑をよそに、サッキーはあっさりと肩をすくめた。
「この世界のサッカーはね、**“異能スポーツ”**なんだよ」
サッキーはひょうひょうと笑いながら、手をひらひらと振る。
「ルール自体は君の世界のものと大きくは変わらない。ゴールを狙ってボールを蹴る、基本は同じさ。もちろん手を使うのは反則だよ」
「……そこまでは、普通のサッカーと変わらないな」
翔真は、少し安堵しかける。
だが――。
「ただし――」
サッキーは唇を吊り上げた。
「武器の持ち込みは自由。剣でも槍でも弓でも好きにどうぞ。魔法も異能スキルも使い放題。ボール保持者への直接攻撃も、もちろん許されている」
「なっ……!」
翔真は目を剥いた。
「逆に、ボールを持ってる側も、防御や反撃をしてかまわない。蹴るも良し、殴るも良し、炎を放つも雷を呼ぶも……なんでもありだ」
その瞬間、翔真の脳裏に、とんでもない光景が浮かんだ。
――ドリブルをしながら剣を振る選手。
――ゴール前で矢の雨を降らせるディフェンダー。
――シュートの瞬間、ボールが火球や雷球に変貌する姿。
「……それ……サッカーって言わねぇだろ!」
翔真の絶叫が、のどかな草原にこだました。
翔真はしばらく黙り込んだ。
草原を渡る風はのどかで、鳥のさえずりすら耳に届く。
だが、心の奥底では、とてもそんな安らぎを感じている余裕はなかった。
(……帰りたい。サッカーも異能も何もいらない。元の世界に……俺の生活に戻りたい)
思わず口からこぼれた言葉は、切実な願いだった。
「なぁ、サッキー……元の世界に戻る方法は……」
翔真の問いに、サッキーは空中で羽ばたきを止めた。
その表情は、いつになく真剣だ。
「方法は……ある」
希望の光が、翔真の胸に小さく灯る。
だが――次の言葉が、その灯火を一瞬で吹き消した。
「……でも不可能だ」
「なっ……?」
サッキーはゆっくりと続ける。
「正確に言うと、不可能じゃないが……不可能に近い」
その一言で、翔真の心臓は冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
「異世界間の移動には、莫大なエネルギーが必要だ。たとえば――大陸を丸ごと燃やしても足りるかどうか。……そんなレベルだ」
「……大陸を……燃やす……?」
翔真は血の気が引いていくのを感じた。
サッキーは肩をすくめ、ひょうひょうとした調子を取り戻す。
「だからな、“ゴミキャラ”に割く価値はない」
――ゴミ。
その言葉は、鋭い刃のように翔真の胸に突き刺さった。
呼ばれて、要らないとされて、放り出されて……そして帰ることすら許されない。
無力感と絶望が、じわじわと心を侵食していく。
(……俺は、この世界で……どうすればいいんだよ……)
「……待てよ」
翔真は、サッキーの言葉に食いついた。
「さっき“方法はある”って言ったよな? なのに“不可能”って、どういうことだよ!」
思わず声を荒げる。胸の奥でぐつぐつ煮えたぎる悔しさが、怒鳴り声になって飛び出した。
「最初から帰れないなら、俺を呼ぶなよ! 捨てるくらいなら、最初から関わるなよ! なんで俺だけ――」
叫ぶ翔真を、サッキーは面倒くさそうに耳をふさいでから、ため息をついた。
「ったく、声デカいなぁ……。じゃあ特別に教えてやるよ。帰還の“例外”についてな」
翔真は息を呑む。
サッキーの小さな身体が宙に浮かび、まるで舞台の語り部のように胸を張る。
「この世界には《キングダムカップ》って大会がある。世界中の国々が代表チームを組んで挑む、最高峰の異能サッカーの祭典だ」
「……キングダムカップ……?」
「そう。そこでは国の威信、民の誇り、すべてを懸けて戦う。勝者はただの優勝者じゃない。世界に選ばれた英雄だ」
サッキーは一拍置き、翔真を鋭く見据えた。
「ただし――“キングダムカップ”で優勝すれば、その栄誉で帰還権を得られる」
翔真の心臓が、ドクンと跳ねる。
「……優勝すれば……帰れる……?」
「そういうこった。ただし――」
サッキーはにやりと口の端を歪めた。
「この世界で一番ハードルの高い条件だな。お前みたいなFランクじゃ、無理ゲーにも程がある」
希望と絶望を同時に突きつけられ、翔真は言葉を失った。




