雑魚ほどよく吠えるな……
翌日――。
鏡を覗き込み、俺はようやく胸をなで下ろした。
「……よし! 戻った! 俺の目、普通に戻ったぞ!」
緑だの、茶色だの、虹色だの……さんざん振り回されたけど、黒目と白目がちゃんと黒と白に戻ってる。これだよ、これが普通なんだよ。
しかし、部室に入った瞬間――。
「……なんか翔真、らしくないな」
ザグが真顔で言った。
「そうね。派手さが足りないわ」
リオーナまで腕を組んでうなずく。
「はあ!? これが普通なんだよ普通!!」
俺は慌てて叫んだ。
「昨日までの妖怪の方がインパクトあったし」
「そうそう、虹色の方がやる気出たよな」
「地味な目じゃ試合に映えないんだよ」
……ひどい。
「お前らなぁ! あんな派手な目じゃチカチカしてサッカーどころか生活もできないんだよ!!」
俺が必死に訴える横で、ザグたちはため息をつく。
「……なんかやる気でないわよね」
「本当だよ。昨日まで酷い目してたのに、今じゃただの凡人だ」
「凡人って言うな!!!」
そんな空気を鼻で笑い飛ばしたのは、トマーティオだった。
「ふん、つまらん。所詮その程度か」
……くっそ、こいつだけは余裕満々じゃないか。
翌日の放課後。
グラウンドの隅でボールを回しながら雑談していた翔真たちの前に、ひょいとローナルドが姿を現した。
「おお、楽しそうだな?」
にやりと笑いながら近づいてきたその視線は、真っ先に翔真の顔に注がれる。
「ん? あれ? 目が普通だな……」
首を傾げたローナルドは、懐から小瓶を取り出して振ってみせた。
「ほら、新しい目薬があるぞ。これならまた派手に――」
「いらないよ!! 二度とするか!」
翔真は即座に拒絶し、手を振って大げさに後ずさった。
「なんだよ……せっかくいいのが入ったのに。面白くないな」
肩を落としたローナルドは、わざとらしくため息を吐く。
「俺で遊ぶなっての!」
翔真は怒鳴りながらボールを蹴り飛ばした。
しかしローナルドは、すぐに表情を切り替える。
「まあいい。気を取り直して……準決勝の相手が決まったぞ!」
その言葉に一同の視線が集まる。
「トナリーナジュニアハイスクールだ!」
ざわつきが広がった。
あの名前を聞けば、誰もが同じ人物を思い浮かべる。自然と仲間たちの視線はトマーティオへと集まった。
「そう。お前らも知っている通り――」
ローナルドはにやりと笑う。
「トマーティオがかつて所属していたチームだ」
一瞬、空気がぴんと張り詰める。
仲間たちの視線を受けながら、トマーティオは眉一つ動かさず立ち上がった。
「関係ない」
その声は低く、しかし揺るぎなく響いた。
「俺の力で、捻じ伏せるだけだ」
凛としたその言葉に、誰もが黙り込んだ。
次なる戦いに向けて、空気がじわりと熱を帯びていくのを、翔真は感じていた。
そして、その日が来た。
ピッチには緊張が張りつき、観客席のざわめきがいつもより少しだけ低く聞こえる。対戦相手――トナリーナジュニアハイスクール。かつてトマーティオがいた“元のチーム”だ。
相手の布陣は盤石。
FWにブルー(魔法使い)とゼノ(戦士)。中盤にドーリア(忍者)、ザガン(魔法使い)、ドーマ(僧侶)、ゼン(忍者)。守備にはジーノ(魔法使い)、アレス(重戦士)、キロー(騎士)、セロ(僧侶)。そしてゴールマウスにはジェロ(魔法使い)が構えている。
出場選手の名がコールされるたび、トマーティオの顔にほんのわずかな影が差した。仲間たちの歓声と、どこか冷たい期待が混じる。
試合前のピッチ脇。ゼノがトマーティオの前に踏み出した。太い眉、鋼の眼差し。胸の内に渦巻くのは怒りだけだ。
「裏切り者が、俺はお前を絶対に許さない」
ゼノの声は震えてはいなかった。むしろ、静かに凶暴さをたたえた低音で、トマーティオの胸めがけて刺さる。
トマーティオはただ、鼻先で笑った。
「雑魚ほどよく吠えるな……」
言葉が油に引火する火花のように、場がピリッとする。ゼノの手が伸びる。掴みかかろうというその瞬間――。
「やめろ、ゼノ!」
ブルーがすっと割って入った。長いローブの裾が揺れ、彼の顔は厳しさと計算高さを混ぜた複雑な表情だった。ゼノを押しのけるでもなく、ただ視線で制する。
「相手にするな。今は互いに冷静を保て」
ブルーの声音は冷たく、隠された怒りを内に秘めている。だが続けて、少し落ち着いた調子でつけ加えた。
「この試合は――お前たちが思うより重要だ。試合が始まれば、全てを思い知ることになる」
ゼノはブルーを睨みつけ、しかしその手を引っ込めた。ギリギリの緊張が散発的に走る。周囲の空気は“今はぶつかるな”と促していた。
選手たちはポジションにつく。観客の視線、監督の指示、風に乗るホイッスルの予感。トマーティオはゆっくりと背筋を伸ばし、前方のピッチを見据える。




