勝つことに集中してくれ!
目のことは正直、不安で仕方ない。
でも――今は試合だ! 俺は心の中でそう叫び、雑念を振り払う。
気が付けば、前半は激闘の末、同点のまま終了のホイッスルが鳴っていた。
「ふぅ……」
大きく息を吐き、ベンチに腰を下ろしたそのとき――ローナルドが近づいてきた。
「よくやったな、翔真」
珍しく、ほんの少しだけ柔らかい声色だった。
そして彼は、ポケットから小瓶を取り出す。
「ほら、これを使え」
差し出されたのは……目薬。
「……安心しろ。これでもう大丈夫だ」
自信満々の笑顔で言うローナルド。片手には、いつも通りワインの瓶。
いやいやいや。
安心しろって言われても、あんた酒飲みながら渡してきたよな!?
むしろ信用度がマイナスに振り切れてるんですけど!?
「……だ、大丈夫なのか? 大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか……?」
俺は恐る恐る目薬を手に取り、心臓が跳ねるのを抑えながら、そっと目に差す。
――果たして、俺の目は本当に大丈夫なんだろうか。
「どうだ? 可愛くなっただろう?」
ローナルドが満足げにニヤリ。目薬を差した俺を見て、まるで自分の芸術作品を仕上げたみたいな顔をしている。
いや、何をどうしたら“可愛い”に繋がるんだよ。
「身が綺麗になったわ! さっきまで濁ってなかったのに!」
リオーナが感心したように声を上げる。
「気持ち悪いことには変わらないけどな!」
すかさずザグの追撃。
「ガッハッハッハッ!」
トマーティオは腹を抱えて爆笑していた。完全に面白がってるだけだろ、こいつ。
「……おいおい、俺は一体どうなったんだ?」
不安を抑えきれず、控えの荷物の中から小さな手鏡を取り出す。
そして、そこに映った自分の目を見て――絶句した。
「……な、虹色!?」
そう、俺の瞳はまるで七色のグラデーション。
濁りは消えてる。だけど、まともじゃない。普通でもない。どっちかっていうと……ファンシー?
なんかこう……ちょっと浮かれた感じがするんですけど!?
これで試合続けろってか!?
後半キックオフ。
いざ、勝負の時間――なんだけど。
「……あー、なんだこれ……目がチカチカする!」
俺の視界はまるで虹色のカーテンがかかってるみたいにギラギラして、景色がまともに見えやしない。ボールの位置すら曖昧で、ドリブルしようとした瞬間――
ガクンッ!
「うおおっと!?」
そのまま派手に転倒。くそ、情けねぇ……!
「ちょっと翔真! ちゃんとしてよ!」
「ふらふら動くなっての!」
リオーナとザグが同時に怒鳴る。いや、俺だって好きで転んでるわけじゃないんだって!
「ち、違う! ちゃんとしてんだけど……目が……チカチカして……!」
必死に弁解するけど、俺の目が虹色なせいで説得力ゼロ。
……やばい。これ以上やったら、本当に足引っ張る。
「交代してくれ!」
俺は思わず叫んだ。
「ローナルド、俺の代わりに……トマーティオを!」
虹色の視界でよろけながら、必死に希望を出す俺。
頼む……今だけは俺をベンチに下げてくれ……!
「なんでトマーティオなんだよ!!」
「お前が死ぬ気で頑張れよ、翔真!」
「そうだよ! あの人チームプレーできないじゃない!」
俺が交代にトマーティオを指名した瞬間、ザグとリオーナが同時に猛抗議。試合中なのに、こいつら声がデカすぎる。
「いやいや、そんな言い方するなよ」
当の本人、トマーティオは肩をすくめておどけてみせる。
「どうするんだ? 俺はどっちでもいいぜ? 出ても出なくてもな」
――でも、俺は思った。
今なら……今なら、できるはずだ。
「俺たちは……もうレベルアップしてる! トマーティオとだって、チームプレーできるレベルになってるはずだ!」
「なっ……!」
俺の言葉に、ザグもリオーナも目を見開いた。
けど、トマーティオは鼻で笑う。
「まだまだ全然レベル低いけどな」
「なんだとぉ!?」
「誰が低レベルだって!?」
一瞬でカチンときたザグとリオーナが噛みつく。
「おいおい、挑発するなよ!」
慌てて二人を止めに入る俺。
「頼むから今は、勝つことに集中してくれ!」
……ったく、このメンバーで本当に勝てるのかよ。いや、勝つんだ。俺が信じなきゃ誰が信じるんだ。




