なんか……汚い
視界がまだチカチカしている。地面に転がったまま息を整えていると、慌ただしい足音が近づいてきた。
「おい翔真、大丈夫か!」
一番に声をかけてきたのはザグだ。
「ったく……妖怪パワー、大したことないな」
続いてリオーナも顔を覗き込んでくる。にやっと笑って、わざとらしく言った。
「妖怪、弱っ!」
「だから妖怪じゃないんだってば!!」
俺は思わず叫んだ。もう何度目だ、このやり取り。
でも、そんな言い合いをしてる間に――。
「行けぇっ!」
ソーダスジュニアのピグモがボールを拾い、前線に鋭いパスを飛ばした。
受け取ったのはシン。素早い身のこなしでドリブルを始め、一気にこちらのゴールへと駆け上がっていく。
まずい。このままじゃ――!
俺はよろめきながらも立ち上がった。傷ついた身体なんて関係ない。ここで止めなきゃ、チームがやられる。
「やらせるかよ!!」
全身に力を込め、意識を一点に集中させる。
俺の瞳が熱を帯び、鮮烈な輝きを放った。
――スキル【開眼!】発動。
視界が一気に広がる。相手の動きも、流れる空気の速さも、全部がスローモーションに見える。
(今度こそ、止めてみせる!!)
俺の視界が開かれる。すべてがスローモーションのように見える世界。
加速する俺は一直線にシンへ迫った。
(今だ……ボール、奪う!)
足を伸ばしたその瞬間――。
左右から、黒い影が迫るのを感じた。
――速い!?
視線を向けると、そこにいたのはジンとブーン。
俺の進路を完全に読んで、ぴたりと横に並んでいる。
(俺のスピードについてきやがっただと……?)
次の瞬間、視界の端に映る彼らの瞳が鮮血のように赤く光った。
――【開眼!】
「まさか……!」
思わず声が漏れる。
(こいつらも……俺と同じスキルを!?)
驚愕で一瞬、足が鈍った。
その隙を狙ったかのように、ブーンが鋭く足を伸ばし、ボールを掻っ攫った。
「くっ……!」
バランスを崩した俺の身体は、たまらず前のめりに倒れ込む。
視界が揺れ、土の感触が頬を打った。
(クソ……! 俺の“開眼”が……通じない!?)
ブーンがボールを奪った勢いそのままに、俺の横を駆け抜けていく。
その背中が、まるで挑発するように遠ざかっていった。
(――行かせるかよ!!)
倒れ込んだまま地面を蹴り、立ち上がる。
頭の奥で脈打つように熱が走る。
赤い視界を呼び覚ます感覚――。
「【開眼!】……!」
口にした瞬間、あのヨボヨボ医者の声が頭の奥に響いた。
――強力なスキルは三日に一度までじゃ。それ以上は命を落とすぞ。
頭を振る。
(分かってる……! でも、このままじゃ――!)
赤が視界に滲みかける。
今にも“開眼”が開ききる、そのとき。
「やめろ、翔真!!」
ザグの声が響いた。
次の瞬間、肩をがしっと掴まれる。
「スキルに頼るな! 俺たちを信じろ!」
強い声だった。いつもはちゃらけているくせに、その目は真剣で。
俺は言葉を失い、動きを止めた。
(……俺たちを、信じろ……だと?)
視界の赤が、ふっと引いていく。
代わりに見えたのは、仲間たちが必死に前へ戻っていく姿だった。
ブーンがドリブルで突き進む。その前に、ザグとリオーナが壁のように立ちはだかった。
「ここは通さねぇぞ!」
「覚悟しなさい!」
だが次の瞬間――ブーンの姿がかき消えた。
「なっ!?」
気配が、ザグの背後。
背筋が凍る。あれは……!
「【バックスタッフ】!」
背後に回り込み、光るナイフがザグの喉元に迫る。
ほんの一瞬でも遅れれば、致命的。
しかし――。
「甘ぇよッ!」
ザグが振り返りざま、拳を突き出した。
ごすっ、と肉を打ち砕く鈍い音。拳はブーンのみぞおちにめり込み、彼の体は折れ曲がったまま崩れ落ちた。
「ぐ……っ、がはぁっ!」
悶絶して倒れるブーンを見下ろしながら、ザグは胸を張って叫ぶ。
「俺たちはなぁ――翔真の【バックスタッフ】で何度も刺されてんだ!
お前らのバックスタッフなんざ、もう通用しねぇよ!」
……決まった。
俺はその姿に、思わず頼もしさを覚えた。
だけど同時に、脳裏によみがえる。
そう――ザグやリオーナたちが、俺のナイフに刺されて血しぶきをあげながら、なぜか歓喜していたあの光景を。
(……いや、冷静に思い返すとだいぶ怖ぇよな、あれ。)
背筋をぞわっと悪寒が走った。
ザグがブーンから奪ったボールをリオーナに預ける。
「任せたぞ、リオーナ!」
「行くわよ!」
リオーナはスッと足元に吸い付くようなドリブルで前線へ駆け上がっていった。
けど、その前に――。
「そこまでだ!」
「抜かせはしない!」
「この陣形を突破できるか!」
立ちはだかる三つの影。ソーダスジュニアの魔法使い、ヤマ、ハナ、ハラ。
3人が横並びで陣を取り、同時に詠唱を始める。
空気が震える。大気がざわめき、地面からは不気味な熱気が立ち昇った。
「《火炎連弾》!」
「《氷結弧光》!」
「《大地の鎖》!」
炎、氷、土。三種の魔法が一斉にリオーナへと襲いかかる。
視界が一瞬で光に覆われ、俺は思わず息を呑んだ。
だがリオーナは、真正面からそれを迎え撃つ。
「舐めないで――! 【雷撃九頭槍撃】ッ!!」
彼女の周囲に電光が奔り、九本の雷槍が生成された。
それは竜の首のようにしなり、炎の弾丸と、氷の閃光と、大地の鎖に次々と突っ込んでいく。
ドガァァァァァン!!
轟音が耳をつんざいた。
炎と氷と雷がぶつかり、土の鎖が弾け飛ぶ。フィールドの中央で魔力が爆ぜ、白い閃光が辺りを覆った。
俺は思わず目を細めながらも、叫んでいた。
「リオーナッ、負けんなよ!!」
光の中、雷槍の鋭い閃光が三人の魔法を押し返すのが見えた。
雷と炎と氷と土がぶつかり合う中央――。
リオーナの雷槍が、徐々に押し始めているのが分かった。
「なっ……馬鹿なっ! 俺たち三人の魔力を同時に相手にしているのに!」
「押されるだと!?」
「そんな……!」
ヤマ、ハナ、ハラの魔法使いたちの声が焦りに震える。
だけどリオーナは一歩も引かない。
「……私には、トマーティオみたいな圧倒的な破壊力はない」
小さくつぶやきながら、詠唱をさらに加速させていく。
「でも――詠唱速度なら、誰にも負けない!」
九本の雷槍が、一気に速度を増した。
閃光が空を裂き、炎を粉砕し、氷を溶かし、土を爆ぜさせる。
「うわあああああっ!!」
三人の魔法使いがまとめて吹き飛ばされた瞬間、フィールドに風穴が空いた。
リオーナは顔を上げ、俺を真っ直ぐ見て――。
「翔真!!」
その声と同時に、ボールが俺の足元に転がってくる。
「任せろッ!!」
胸が熱くなる。ここまで繋いできてくれた仲間の力を無駄にするもんか。
俺は振り抜いた。
ドンッ!!
ボールは一直線に飛び、ゴールネットを突き破らんばかりに揺らした。
「……入った……!」
一瞬の静寂。次の瞬間には仲間たちの歓声が爆発した。
これは俺ひとりのゴールじゃない。
リオーナの突破、ザグの奪取、みんなの力で勝ち取ったゴールだ。
胸の奥にジンと熱いものがこみ上げてきて、俺はこらえきれず叫んでいた。
「よっしゃあああああああッ!!!」
「翔真っ!」
リオーナとザグが駆け寄ってきて、俺の顔を覗き込む。
二人の目が、まん丸になった。
「おっ……おまえ、目が……」
「な、何その色……?」
え? 俺の目……?
慌てて自分の意識を内側に集中する。さっきまで緑色だったはずなのに――。
……うわ、なんだこれ。
薬の副作用で緑色に染まってたところに、【開眼】を使ったせいで赤みが混ざって……結果、薄汚れたような茶色。
「目が……濁ってる……」
「なんか……汚い」
リオーナとザグの率直すぎる感想に、胸を抉られる。
おい、そこはせめてオブラートに包んでくれよ……。
「俺……どうなっちゃうんだ……」
思わず声が震える。
妖怪だの緑目だの言われてきたけど、これはもう……“濁り目妖怪”じゃないか。
そのとき。
「お前ら、試合に集中しろ」
ローナルドの低い声が飛んできた。
……って、酒瓶片手に飲みながら言うセリフじゃねぇよ!!
「いや、ちょっとは俺の目の色の心配してくれよ!」
俺の必死の叫びは、グラウンドにむなしく響くだけだった――。




