試合中に寝てんじゃないわよ!
前半を終えたベンチ。
俺たちは汗に濡れたユニフォームのまま、無言で座り込んでいた。
誰もが悔しさと苛立ちを胸に抱えながらも、口を開くことができない。
その静寂を破ったのは――トマーティオだった。
「……そろそろ、俺の助けが必要なんじゃないのか?」
わざとらしく肩をすくめ、挑発的な笑みを浮かべる。
瞬間、ザグの拳が震えた。
「てめぇ……ふざけんなよ!」
立ち上がり、殴りかからんばかりの勢いでトマーティオに詰め寄る。
「やめろ!」
俺とリオーナが慌ててザグを押さえ込む。
乱闘寸前の空気に、ベンチの空気はさらに重くなる。
そんな中、酒瓶を片手にしたローマリオが、どこか醒めた声を投げかけてきた。
「……でもな。このままだと勝てないぞ。お前ら、どうするんだ?」
酒の匂いとともに投げられた現実。
誰も否定できなかった。
俺も、リオーナも、ザグも――返す言葉が喉に詰まる。
ただ黙り込み、視線を落とすしかなかった。
後半への不安だけが、重くのしかかっていく。
重苦しい沈黙が続くベンチ。誰も口を開けないまま、時間だけが過ぎていく。
だが――その沈黙を、俺は自分で断ち切った。
「……俺を、センターバックにしてくれ」
一瞬、全員の目が丸くなる。
リオーナも、ザグも、デコーズでさえ息を呑んだ。
「な、なに言ってんだよ翔真! お前はFWだろ!」
「ワントップを捨てるなんて……」
ざわつく声を遮るように、俺は強く言い放った。
「ゾーマだ。ゾーマを止めないと、この試合は絶対に勝てない。俺が……俺が同じ盗賊として、奴に勝つ!」
言葉に込めた決意は、ベンチの空気を震わせた。
仲間たちの驚きも戸惑いも、すべて押し流す勢いで。
ふと横を見ると――トマーティオが俺を見ていた。
あの、わざとらしい余裕の笑みで。
「……結局、俺の力が必要だってことか?」
言葉にはしないが、そんな顔をしてやがる。
胸の奥にイラッとする感情が芽生えた。
(誰がお前なんかに頼るか……!)
俺は奥歯を噛みしめ、視線を前へと向け直した。
後半戦、ゾーマを止めるのは俺だ。
後半戦の笛が響いた。
会場全体が緊張に包まれる中、コンクジュニアハイスクールは守備的に陣形を整え、ゆっくりとボールを回し始めた。
「来いよ……攻めてこい!」
リオーナの苛立ち混じりの声に応じるように、テイコウイレブンは一斉に前へと出る。
その瞬間だった。
中盤から一気に放たれるロングボール。鋭く、一直線に空を裂き、テイコウの最終ラインへと向かう。
「来た……!」
翔真は後方へ走りながら、軌道を目で追った。
だが、目に見えるボールよりも――感じ取ろうとした。
気配だ。
必ずそこにいる。
必ず、ゾーマが走り込んでくる。
空気の揺らぎ、芝を蹴る足音、わずかな風の乱れ――。
翔真の盗賊としての本能が告げていた。
(いる……! 必ずいる! ゾーマ……!)
視界の端でボールが落下を始めた瞬間、翔真は全神経を研ぎ澄ませた。
次に現れるのは――ステルスの影だ。
必死に目を凝らす。芝の上、風の流れ、ボールの軌道。けど……ゾーマの姿はどこにもいない。
「クソッ……どこだよ!」
いや、違う。目で追うんじゃない。そうじゃない。
(感じろ……心で感じるんだ。俺も盗賊だ。気配を……気配を探れ!)
そう自分に言い聞かせ、俺は目をつむった。全神経を集中して、音も、空気も、全部を捉えようとする。
……その瞬間。
――ピイィィィィッ!!
耳をつんざくゴールの笛が鳴った。
ハッと目を開けると、もうボールはゴールネットを揺らしていた。
「おい翔真! 何やってんだ!」
「試合中に寝てんじゃないわよ!」
ザグとリオーナの怒声が一斉に飛んでくる。
ベンチからもローマリオの呆れた声。
「……なんだ、試合中に座禅か? 酒でもやるか?」
極めつけは、トマーティオの大爆笑だった。
「アッハッハッハ! 見ろよ、完全に瞑想僧だ!」
俺は思わず歯を食いしばった。
「……クソッ。結局、見えなきゃ意味ねぇんだ……。ちゃんと見なきゃ……ダメなんだよ」
胸の奥に残ったのは、情けなさと悔しさだけだった。




