お前が言うのはちょっと説得力ないぞ
キックオフの笛が鳴り、試合が再開した。
コンクジュニアハイスクールは明らかに守備を意識して、全員が自陣に引きこもる布陣を敷いてきた。
「また鉄壁かよ……」
仲間たちがボールを奪おうと最前線に出た、その瞬間だった。
――バシュッ!
中盤をすっ飛ばし、一本のロングパスが前線へ放たれる。
その軌道の先に待ち構えていたのは、たったひとりのFW、ゾーマ。
「しまった――ッ!」
黒い影のように駆け上がるゾーマが、難なくボールを受け取る。
オレたちは慌てて追いすがったが――。
「【ステルス】!」
ゾーマの口から漏れた一言で、空気が揺らいだ。
次の瞬間、奴の姿も、気配も、まるごと掻き消えた。
「ど、どこだ!?」
「見えない……!」
必死に目を凝らしても、もうそこには誰もいない。
焦燥だけが胸を締めつける。
――ゴォォォォンッ!!
振り返った時には遅かった。
ボールはすでにゴールネットを揺らしていた。
「なっ……!?」
オレは愕然と立ち尽くした。
確かに追っていたはずなのに、気づいたら全てが終わっている。
「完全に……盗まれた……」
まるで影に紛れて忍び込む盗賊の一撃。
あれを止められるのは――オレしかいない。
心の奥底で、そう強く誓った。
「今のはオフサイドだろ! 完全に最後のディフェンスより前にいたじゃないか!」
オレは審判に駆け寄り、全力で抗議した。
あれだけ堂々と消えて現れてゴールを決めるなんて、反則以外の何ものでもない。
「……はぁ」
呆れたようにため息をついたのはリオーナだ。
「アンタねぇ……ステルスで敵ゴールに潜り込んで得点した人間が、何言ってるのよ」
「う……」
図星すぎて言葉が詰まる。
ザグも肩をすくめて言った。
「確かに……翔真、お前が言うのはちょっと説得力ないぞ」
結局、審判はオフサイドを認めず、そのまま試合は再開されることになった。
「おーい翔真ぁ!」
ベンチからローマリオの酔っぱらった声が飛んできた。
「見苦しいぞぉ! 酒でも飲んで落ち着けぇ!」
「誰のせいでこんなチームなんだよ……!」
心の中で毒づいたが、口には出さなかった。
その横で、トマーティオは鼻で笑い、あきれ顔でぼそりとつぶやく。
「本当に……小物くさいわね」
……ああもう! なんで味方の視線がこんなに冷たいんだ!?
「……やられたらやり返す!」
オレは心の中で叫び、全身に力を込めた。
スキル――【ステルス】発動!
一瞬で気配を消し去り、視界の隙間を縫うように敵陣へと駆け上がる。
あのゾーマにできるなら、オレにだってできるはずだ!
――だが。
「見えているぞ」
鋼の声が響き、目の前に巨体が立ちはだかった。
重騎士バスクと、騎士ゼン。
二人の鎧武者が、まるで壁のように進路を塞いでいた。
「なっ……!」
オレの足が止まる。
ステルスが……読まれた? そんなバカな……!
動揺で心臓が跳ね上がる。
今まで絶対の切り札だったスキルが、まるで子供だましみたいに通じなかった。
「翔真! パス!」
鋭い声が横から飛ぶ。リオーナだ。
「くっ……!」
オレは迷いを振り払うように足を振り抜き、ボールをリオーナへと送った。
――今は任せるしかない。
リオーナが前線に飛び出すと、すぐさま敵の守備陣が反応した。
両サイドから迫り出すように現れたのは、戦士カンと僧侶ゲド。重い防具に身を固め、左右から彼女を囲い込む。
「……二人がかりで、私を止めるつもり?」
リオーナはきらりと目を細め、杖を振り抜いた。
雷鳴が轟き、空気が裂ける。
「――《雷撃砲雷撃》!」
蒼白い稲妻が奔流となって、真正面からゲドへと放たれた。
しかし、ゲドはその瞬間、僅かに身体を捻った。
稲妻はかすめるだけに終わり、焦げた布の匂いが立ち込める。
「甘いな」
ゲドが低く呟き、すぐさまカウンターに転じた。
大振りのメイスがうなりを上げる。
「きゃ――っ!」
防御が間に合わない。リオーナの身体が打ち据えられ、地面に叩きつけられた。
僧侶のはずのゲドの一撃は、戦士顔負けの重量を帯びていた。
「同じ魔法を、何度も食らうと思うなよ」
ゲドの冷たい声が響き渡る。
リオーナが崩れ落ちた瞬間、観客席からどよめきが起こった。
そして流れを掴んだコンクジュニアハイスクールの選手たちが一斉に前に走り出す。
ジーノ、ブク、デリ――戦士三人が波状攻撃を仕掛け、ボールを押し上げていく。
コンクジュニアの反撃が始まった。
コンクジュニアの反撃に対して、翔真たちは容易に前へ出ることができなかった。
頭をよぎるのは――敵FWゾーマの存在。
(奴のステルスがある……!)
ロングボール一発で裏を突かれれば、終わる。
その恐怖に背中を押されるようにして、翔真たちは自陣ゴール前まで下がらざるを得なかった。
その間にも、ジーノ、ブク、デリ――三人の戦士が着実にボールを運んでくる。
パスも少なく、力強いドリブル突破。押し寄せる圧に、守備陣はジリジリと追い詰められていく。
そして――
「通せッ!」
ジーノが右足を振り抜いた。
鋭いスルーパスが、一直線にディフェンスラインの裏へと飛ぶ。
「――っ!」
翔真の背筋が凍りつく。
そこには、誰もいないはずだった。いや――気配が消されていた。
ゾーマ。
盗賊のステルスで姿を隠していた男が、スルーパスに完璧に合わせて現れた。
「やられた……!」
翔真が叫ぶより早く、ゾーマのシュートが放たれる。
鋭い弾道がゴールネットを突き破るように揺らした。
逆転。
スコアボードの数字が、無情に変わる。
翔真たちは愕然と立ち尽くした。
観客の歓声が遠くに聞こえる。まるで耳に膜を張られたように、現実感が薄れていく。
そのまま流れを取り戻せないまま、前半戦終了を告げる笛がピッチに響いた。
――苦しい戦いのまま、折り返しを迎えた。




