ズバーッ! だ
シムラートの選手たちは顔を見合わせた。
魔法が通じない二人――その存在は、彼らにとって最大の脅威に変わりつつあった。
「……ん、あれ?」
まぶたを開けると、俺は芝生の上に転がっていた。
確か、ボールを追いかけて――急に眠くなって……。
慌てて身体を起こすと、スコアボードが目に飛び込んできた。
――5-0。
「……え?」
頭が一瞬真っ白になる。
試合は、もう終わっていた。
しかも圧勝。俺が寝ている間に、トマーティオとリオーナの二人が、シムラートを完膚なきまでに叩き潰していたらしい。
「おい翔真! やったぞ! 勝ったんだ!」
駆け寄ってきたザグが、血気盛んに拳を突き上げる。
「ふ、当然の結果だな」
「ま、二人で十分だったけどね」
余裕の笑みを浮かべるトマーティオとリオーナ。
俺は寝てただけ。何もしてない。なのに――勝っていた。
「……な、なんかよくわからんけど……勝ったぁぁぁ!!!」
気がつけば、俺も両手を突き上げていた。
テイコウイレブンは互いに肩を組み、歓喜を分かち合う。
試合内容はともかく、勝利の喜びは揺るがない。
地方予選初戦――俺たちは、堂々と突破したのだ。
「勝ったぞォォォ!!!」
ザグがバンザイしながら跳ね回り、仲間たちも肩を組んで歌い出す。控室はお祭り騒ぎだ。
「いやぁ、俺たちテイコウ最強じゃね?」
「次も余裕だろ!」
「おーっ!」
みんなが歓喜に沸く中で、俺は水をあおりながら、なんだか複雑な気分だった。
――だって、俺、寝てただけだし。
「……これで喜んでいいのか?」
小さく漏らした独り言は、もちろん誰にも届かない。
そんな俺に近づいてきたのはローナルドだった。酒臭い息を吐きながら、にやりと笑う。
「どうした、翔真。浮かない顔してんな」
「いや……。俺、このままだとまた魔法でやられる気がして……。なにか対策とかないんですか?」
問いかけると、ローナルドは酒瓶を置き、低く笑った。
「魔法に対抗したいなら――盗賊ギルドに行け」
「……盗賊ギルド?」
思わず聞き返す俺に、ローナルドは真顔で頷いた。
「奴らは、魔法使いを出し抜くことにかけちゃ達人だ。お前みたいな盗賊なら、必ず学べることがあるはずだ」
部屋のざわめきから取り残されるように、俺の心臓がひとつ大きく跳ねた。
盗賊ギルド――それは、俺にとって憂鬱な選択肢だった。
盗賊ギルド。
名前を聞いただけで胃が重くなる。いや、実際に胃薬が欲しいくらいだ。
「……また、あの荒くれ者たちの所に行かなきゃいけないのか」
思わず溜め息が漏れる。こっちはサッカーで勝ちたいだけなのに、なぜか裏社会見習いみたいなことになってる気がする。
でも仕方ない。ローナルドの言葉が頭を離れなかった。
魔法に勝つには盗賊の知恵を借りろ――。
俺は重い足を引きずりながら、ギルドの扉を押し開けた。
中は相変わらずの地獄絵図。
大声で喧嘩するやつ、カードで賭け事をするやつ、酒樽を抱えて倒れてるやつ……全員、目つきが悪い。
「おやぁ? ガキがまた来やがったぞ」
「おぉ、背中に“盗賊”って入ってる小僧じゃねえか」
あっという間に囲まれて、俺は背中を丸める。やっぱりここ、苦手だ……。
「……あの、魔法対策って、どうすればいいですか?」
勇気を振り絞って切り出すと、返ってきたのは爆笑だった。
「はっはっはっ! 魔法対策だとよ!」
「バカだなぁ、そんなもん決まってんだろ!」
「呪文が終わる前に――ズバーッ! だ」
「そうそう、詠唱が口から出る前に――スバーッ! ってやるんだよ!」
……全員、揃って手刀を振り下ろすジェスチャー。
俺は額を押さえた。
「……参考にならねぇ」
やっぱり盗賊ギルドは、盗賊ギルドだった。




