この程度のチームなら、二人で充分よ
俺たちは相変わらず、毎日ボールを蹴り続けていた。
パス回し、シュート練習、ミニゲーム。もちろんフィジカルも欠かさない。
俺は――というと、バックスタッフの動きをサッカーにどう落とし込めるか試してばかりだ。
シュートのタイミングで背後に回る練習とか、ドリブルしながら相手の死角に滑り込むとか。
盗賊感が凄すぎてサッカー感は薄いのは否めないけど、武器にできるなら、まだなんとかなる。
そんなある夕暮れ――。
「おーい! お前らぁー!」
酒臭い声がグラウンドに響き渡った。
振り返ると、ローナルドが真っ赤な顔でフラフラ歩いてきた。
片手に酒瓶、もう片手に……なんだ、チキンの骨? どういう状況だよ。
「ローナルドまた飲んでるんすか!」
「この時間からはヤバいぞ!」
ザグたちのツッコミを完全に無視して、ローナルドは俺たちの前にドンと立った。
「いいか! 聞け! 来月から大会だ! 地方予選が始まるんだぞ!」
一瞬で空気が変わった。
冗談みたいに赤い顔のはずなのに、その目はマジだった。
「予選を勝ち抜けば、次は全国だ! 俺たちテイコウが世間に名を轟かせる時だ! だからこそ――今の練習、全部血肉にしろ!」
ザグたちがざわめき、すぐに熱を帯びる。
「マジか、もうそんな時期か!」
「やるしかねぇだろ!」
「絶対勝ち抜こうぜ!」
俺も胸の奥がジンと熱くなった。
盗賊とか短剣とか、いまだに異世界感全開の生活だけど……それでも、ボールを蹴っているときだけは確かに俺は俺でいられる。
(地方予選か……。よし、やってやろうじゃないか)
ローナルドは酔っているのに、最後はしっかりと拳を突き上げた。
その姿に俺たちも続いて叫ぶ。
「「「おおおおおっ!!」」」
テイコウサッカー部の士気は、夕焼けの空の下で最高潮に高まった。
次の日から、俺たちはさらに練習に打ち込んだ。
パススピードを上げる。フィジカルを鍛える。ドリブルでの一対一を繰り返す。
ローナルド先輩は相変わらず酒臭いが、指示だけは的確で容赦ない。
「おい! そこで止まるな! ボールは流れを切らせたら終わりだ! 走れ、走り続けろ!」
怒鳴り声に背中を押され、グラウンドを全力で駆け回る。
盗賊のスキルだとか短剣だとか……そんなことは、今だけ忘れた。俺はボールを追ってる。ただそれだけだ。
その日の練習が終わったあと、ローナルド先輩がみんなを集めた。
飲みかけの酒瓶をグラウンドに置き、真剣な顔で俺たちを見渡す。
「いいか、よく聞け。来月から――全国中学校サッカー選手権大会が始まる」
一瞬、全員の息が止まった。
「……マジか!」
「全国だと!?」
「ついに来たな!」
ザグも、トマーティオも、リオーナも目を輝かせている。
普段は口数の少ない連中までざわめき、全員がその言葉に鼓舞されたように拳を握った。
俺も、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。
異世界に飛ばされ、盗賊になんか進化させられて、わけのわからない毎日を送ってる。
けど――全国大会。サッカーの頂点を決める舞台だ。
それを目指せるなら、俺は……この世界でもサッカー選手でいられる。
(やってやる。どんなスキルでも、どんな立場でも。俺はボールで勝負する!)
こうして俺たちは、大会に向けてさらに練習を重ねた。
パスの精度を極める者、シュートを磨く者、守備の読みを研ぎ澄ます者。
俺もまた、自分にしかできないプレーを探し続ける。
盗賊学園サッカー部――全国へ。
夕陽に染まったグラウンドで、全員の士気は最高潮に高まっていた。
いよいよ予選前日。
放課後のグラウンドに全員が集められ、ローナルド先輩が酒瓶を片手にスターティングメンバーを発表した。
「……GK、バルド。DF、ザグ、リカーレ、そして――翔真。お前は右サイドバックだ」
俺の名前が呼ばれた瞬間、胸が熱くなった。
正直、FWやMFで試合を決めるようなポジションに憧れはある。けど……任されたのは守備の要、サイドバック。
(いい。全力でやるしかねえ。どんなポジションだろうと、俺は俺のサッカーをやる!)
決意を固め、練習の最後まで声を出し続けた。
――そして翌日、ついに予選初戦の日がやってきた。
対戦相手は「シムラート・ジュニアハイスクール」。
聞いたこともない名前だった。ロッカールームで軽く作戦会議をしていると、トマーティオが肩をすくめながら言った。
「シムラート? 去年までサッカー部すらなかったチームだ。相手にならねえよ」
そう言い切る彼の表情は余裕そのものだったけど、俺は逆に落ち着かなかった。
情報がないチームほど、何をしてくるかわからない。
「まあ、情報がなくてもやるだけだな」
ザグがぶっきらぼうに拳を鳴らし、リオーナは真剣な眼差しでスパイクを締め直していた。
俺も大きく深呼吸し、心を整える。
この大会で勝ち抜かなきゃ、全国なんて夢のまた夢だ。
盗賊だろうがなんだろうが、俺は――サッカー部員として、このピッチで戦う。
(さあ、初戦だ。全力でいくぞ!)
緊張と高揚が入り混じるなか、俺たちはピッチへと歩み出した。
予選一回戦、いよいよ試合開始直前。
俺たちテイコウ・ジュニアハイスクールのスターティングメンバーが呼ばれていく。
「FW、トマーティオとリオーナ」
「MF、デコーズ、ドロン、キース、スバース」
「DF、ガトー、ギラン、セト、ザグ」
「GK、ザンガ」
そして――サイドバック、翔真。
(やっぱり俺はサイドか……でもいい。役割は役割だ、全力でやるだけだ!)
並んだ顔ぶれは、戦士見習いや召喚できない召喚士、無職に狂戦士まで。正直、サッカーのチームというより冒険者パーティーにしか見えなかった。
続いて相手――シムラート・ジュニアハイスクールのメンバーが発表される。
「FW、ザマ、バグ、ビンゴ、パフォ」
「MF、ナラ、ロン、ピン、サク」
「DF、ノン、ハラ」
「GK、ラム」
読み上げられるたびに、俺は耳を疑った。
(……ちょっと待て。全員、魔法使い!?)
グラウンドに並んだ相手のユニフォームの胸元には、どいつもこいつも同じ「魔」の文字が光っている。
思わず隣のザグが声を上げた。
「おい……マジかよ。魔法使いしかいねぇぞ!」
トマーティオも眉をひそめる。
「戦士もモンクも召喚士もいない……? これじゃ戦術が読めない。いったい何を狙ってるんだ」
リオーナは冷ややかな視線をピッチの向こうに送った。
「不気味ね。攻撃的な布陣に見えるけど……ただの無謀にしては統制が取れすぎてる」
俺もごくりと喉を鳴らす。
4-4-2の俺たちに対して、シムラートは前線に魔法使いを4枚並べた超攻撃的布陣。
情報がないってだけで不安なのに、これはどう見てもただのチームじゃない。
(やばい……初戦から、いきなり魔法サッカーの洗礼かよ!)
審判の笛が鳴り響く。
こうして、俺たちの全国大会初戦が幕を開けた――。
笛の音がグラウンドに響いた瞬間だった。
「――詠唱開始!」
シムラートの全員が同時に声を上げ、両手を掲げる。
次の瞬間、空気がざわつき、俺の耳をつんざくような魔力のうねりが広がった。
(な、なんだこれ!? いきなり全員で呪文!?)
青白い光の矢が数え切れないほど生まれ、空を覆った。
それらは一斉に、俺たちテイコウ目がけて降り注いでくる。
「――やばい! 完全に殺しにきてるっ!」
逃げる間もなく、光の矢が目の前を埋め尽くす。
俺は反射的に目を閉じた。
(……終わった。あ、死んだ! 俺、この世界で初めての公式戦、開幕三秒で死亡!?)
恐怖で体が固まる。
しかし――次の瞬間、耳に響いたのは、炸裂音でも断末魔でもなく、硬質な音だった。
カンッ、ガンッ、バシュッ――!
目を開けると、俺の目の前に半透明の壁が張り巡らされ、光の矢がすべて弾かれていた。
その壁の中心に立っていたのは……。
「……フン、やっぱりこうなるか」
トマーティオが腕を組み、魔力を纏わせている。
「ふん、連携は悪くないけど、私のバリアを抜けるには百年早いわ」
リオーナが長い髪を翻し、同じく魔法陣を維持していた。
二人の作り出したマジックバリアが、シムラートの初撃を完全に防ぎきっていたのだ。
(ま、マジか……。俺、いま本気で死んだと思ったのに……!)
心臓がまだドクドクと暴れている。
いきなりの総魔法弾幕で魂が抜けかけた俺をよそに、仲間たちは平然と構えていた。
(なんだよこの世界のサッカー……やっぱり命がけじゃん!)
俺は汗だくになりながら、改めてボールを追う体勢に入った――。
シムラートの連中がまた全員で詠唱を始めた。
声のリズムがそろってる。ヤバい、二発目だ。
「走れ!」
ザグの声に、俺たちテイコウイレブンは一斉に動き出す。
止まってちゃ、今度はバリアも間に合わない。
俺はボールを追いながら前線へと走り込む。足音、鼓動、観客のざわめき……全部が遠のいて、敵陣まであと数歩。
その瞬間だった。
視界がふっと揺らぐ。
――眠い? は? なんでここで……?
ボールが目の前に転がってる。俺は伸ばした足をボールにかけながら、同時に――膝がガクッと落ちた。
(……あ、これ……寝てる?)
頭が勝手に下がる。瞼が閉じる。
必死に抗おうとしても、容赦なく意識が沈んでいく。
隣でトマーティオが「しまっ――」と叫ぶ声が聞こえた気がした。
けれどもう、俺も含めて全員……芝の上にバタバタと倒れ込んでいく。
――スリープ。
シムラートの二発目は、眠りの呪文だった。
シムラートがまた全員で詠唱を始めた。
全員で同じリズム、同じ声色。二発目――嫌な予感しかしない。
「走れ!」
ザグの声に、俺たちは一斉に走り出した。立ち止まってたら、もう防ぎようがない。
俺はボールを追って敵陣へと駆け込む。あと数歩で届く……そう思った瞬間――。
視界が揺れる。
身体が重い。やけに……眠い?
(……え、なんで、ここで……)
ボールに足を伸ばしながら、そのまま膝がガクンと落ちた。
必死に抗おうとしても、まぶたが勝手に閉じていく。
「スリープね」
リオーナの声が聞こえた。落ち着き払った調子で。
「やっぱり来たか」
トマーティオも冷静だった。俺たちがバタバタ倒れていく中で、二人だけが立ったまま、魔力を練り上げている。
(……くそ、俺はもう……寝……)
意識が暗闇に沈む直前、魔力の波動が周囲を覆ったのを感じた。
トマーティオとリオーナ。二人は全く動揺してなかった。
――シムラートの狙いを見抜いていたみたいに。
ピッチに残ったのは、立ったままの二人――トマーティオとリオーナだけ。
他の仲間たちは全員、芝生に倒れ込み、寝息を立てている。
「な、なんで効かない……!?」
「俺たちのスリープが……」
シムラートイレブンがざわめいた。
魔法しか能がない彼らにとって、効かない魔法なんて想定外だったのだろう。
そんな中、トマーティオは口の端を吊り上げた。
「……フッ。ちょうどいいじゃねぇか。俺とリオーナ、二人でやるにはいいハンデだ」
不敵に笑うその姿に、相手の顔が引きつる。
隣のリオーナは長い髪を払って、冷ややかに言い放った。
「この程度のチームなら、二人で充分よ」
凛としたその声音には、微塵の動揺もなかった。
相手を見下ろすその眼差しは、むしろ楽しげですらある。




