スキルアップをしたくて
放課後のグラウンドに、乾いたボールの音が響きわたる。
今日も練習は始まっていた。
だが、その風景の中心を支配しているのは――やはり二人。
トマーティオとリオーナ。
トマーティオの力強いシュートは、まるで大砲のようにゴールネットを揺らし、リオーナの疾風のごときドリブルは、誰も追いつけないままにフィールドを駆け抜ける。
その圧倒的な存在感は、練習のはずなのにまるで試合の本番を見ているようで、他の部員たちですらただ圧倒されていた。
――俺もその一人だった。
翔真は汗を拭うことも忘れ、歯を食いしばる。
(やばい……この二人、格が違いすぎる……! このままじゃ俺の立場がなくなる!)
案の定、その時はやってきた。
監督代わりを務めるロマーリオが、手に持った水筒を豪快に傾けて酒を飲み干すと、グラウンドを見渡して口を開いた。
「――決めた。トマーティオとリオーナは前線、フォワードだ」
言葉はシンプルだったが、雷のように響いた。
「そして翔真。お前は……サイドバックだ」
「はぁああ!?」
思わず声が裏返る。
「俺、FW希望なんですけど! 攻めたいんですけど!」
必死の抗議。しかしロマーリオは全く取り合わなかった。
「黙れ。サイドバックで走ってろ。前はトマーティオとリオーナが十分だ」
「そ、そんな勝手な――!」
「勝手も何も、これがベストだ」
ロマーリオは再び酒をぐいと飲み干し、満足げにあごをしゃくった。
反論は、一蹴。
翔真は拳を握りしめたまま、何も言い返せなかった。
(……くそっ。確かに、俺なんかじゃ二人に勝てない。でも――!)
胸の奥で、燃えるような決意が灯る。
「いいさ。見てろよ……! 俺だって必ず、FWで認めさせてやる!」
夕暮れのグラウンドに、翔真の心の誓いがこだました。
翌朝。
翔真は学校に向かう生徒たちの流れを、ひょいと外れて歩いていた。
「……悪いな、今日は授業よりも大事な用がある」
向かう先は、街外れにある古びた石造りの建物。
――盗賊ギルド。
サイドバックに回された屈辱がまだ胸に渦巻いている。
(このままじゃ俺はただの控えだ……! スキルを上げて、あの二人に追いつくしかねぇ!)
扉を押し開けると、中は薄暗く、酒と革の匂いが漂っていた。
無精ひげの男や、怪しげなフード姿の者がちらほら。
翔真は受付に腰掛ける女に声をかけた。
「……あの、スキルアップをしたくて」
受付嬢はジロリと翔真を見たが、すぐにニヤリと笑った。
「へぇ、学生のくせに珍しいわね。スキルアップなら――試験を受けてもらうことになるけど?」
「試験……?」
ゴクリと喉が鳴る。
「そう。力も覚悟もない者には、スキルなんて扱わせられないの」
女は帳簿をめくり、さらりと言った。
「ちょうど今日、試験の枠が空いてるわ。受けてみる?」
迷う余地はなかった。
翔真は拳を握りしめ、うなずいた。
「やります!」
受付嬢は立ち上がり、奥の廊下へと導いた。
足音が石畳にこだまする。
やがて、重厚な鉄扉の前にたどり着いた。
女が鍵を回し、ゆっくりと扉を開く。
「――この先よ。奥の扉を進んでください」
冷たい風が、扉の隙間から吹き抜けてきた。
暗闇の向こうに、何が待っているのか。
翔真はごくりと息を飲み、足を踏み出した。
重い扉をくぐると、そこはまるで――ダンジョンだった。
湿った石の匂い。松明の灯りが心もとなく揺れ、無数の通路が闇に伸びている。
「……マジかよ。これが試験ってやつか」
足を踏み出した瞬間――床がガクンと沈む。
「うわっ!」
反射的に飛び退くと、目の前に大穴が開いていた。
底は真っ暗で、落ちたらひとたまりもない。冷や汗が背筋を伝った。
(落とし穴……! ほんとに命懸けじゃねーか!)
慎重に縁を渡り、さらに奥へ。
次の瞬間、壁の隙間から「シュッ」と音が走った。
「やべっ!」
飛びのいた翔真の頬をかすめ、鋭い矢が突き刺さる。
矢じりは紫色に光り、嫌な毒の匂いを放っていた。
(毒矢まで……盗賊ギルドっていうより、殺人ギルドだろこれ!)
息を荒くしながら走り抜けたその先――足元がビリッと光った。
「ぎゃあああっ!?」
床全体が青白く輝き、翔真の体に電流が走る。
膝が笑い、全身がしびれる。必死に床を蹴って飛び退き、壁に背を預けて息を整える。
「……っ、はぁ……! ふざけんな……!」
だが休む間もなく、天井の仕掛けが作動した。
ゴウン、と音を立てて石板が動き、大量の水が一気に流れ落ちてくる。
「うわあああ!?」
押し流され、暗闇で必死に泳ぐ翔真。
喉に冷たい水が流れ込み、肺が悲鳴を上げる。
必死に壁の凹みにしがみつき、どうにか水流をやり過ごした。
「……っぶはぁっ! ……死ぬかと思った……!」
髪も服もびしょ濡れ。息を切らしながらも、翔真は前を見据える。
長い廊下の突き当たりに、ひときわ目立つ扉がそびえていた。
他より装飾が豪華で、黄金の取っ手が光っている。
「……あれか。どう見てもボス部屋だろ……」
心臓がドクンと高鳴る。
ここまで罠だらけだったのだ。――その先に待つのは、一体。
翔真はびしょ濡れの靴を引きずり、重厚な扉に手をかけた。




