お前たちの“仲間”だ!
笛の音が鳴り、試合は再開された。
だが、グラウンドに立つ誰もが――かつての切れ味を完全に失っていた。
トマティオが少しでも杖を掲げ、呪文の詠唱に入る気配を見せるだけで、
足がすくみ、パスを出すタイミングが遅れる。
攻め込む勇気も、身体を張って守る度胸も、もう残っていない。
「くっ……動けよ、俺の足……!」
翔真が歯を食いしばる。
だが脳裏に焼き付いた、あの“消し炭の悪夢”が、彼を縛りつける。
仲間たちも同じだった。視線は常にトマティオの手元へ吸い寄せられ、
ボールよりも先に魔法の動きへと反応してしまう。
その一瞬の怯みが、命取りになる。
次々にボールを奪われ、あっけなく追加点を許していく。
シュートがネットを揺らすたび、スタンドが沸き、スコアボードは無慈悲に数字を刻む。
――1対5。
絶望的な点差が、前半終了のホイッスルと共に確定した。
フィールドに沈む沈黙は、もはやスポーツの試合ではなく、処刑場のそれに近かった。
ハーフタイム。
ベンチに戻った翔真たちは、まるで魂を抜かれたかのように肩を落としていた。
水を口に運んでも、喉は乾いたまま。誰一人口を開こうとはしない。
そんな沈黙を破ったのは、ローベルトだった。
彼は静かに腕を組み、睨むように仲間を見渡す。
「……お前ら、完全に踊らされてるな」
翔真が顔を上げる。
「……踊らされてる?」
ローベルトは低く笑った。
「トマティオの《爆光雷撃弾》……あれは確かに恐ろしい。だがな、魔力(MP)の消費量を考えろ。あんな怪物みたいな魔法、そう何度も撃てるわけがない。――あれは一発きりだ」
「……一発、だけ……?」
仲間たちがざわめく。あの圧倒的な光と轟音。フィールドを焼き尽くす神罰のごとき一撃。あれが、もう飛んでこない?
ローベルトはさらに続ける。
「奴は自分の威圧感を最大限に利用してるだけだ。杖を構えりゃ、お前らは勝手に足を止める。心がすでに負けてんだよ」
沈んでいた空気が、一気に変わった。
翔真は膝に置いた拳をぎゅっと握りしめる。
「……なるほどな。つまり、俺たちが恐怖を振り払えば……勝機はあるってことだな!」
「そういうことだ」
ローベルトがうなずく。
仲間たちの表情に、再び闘志の火が灯る。
燃えるような視線が交錯し、握りしめた拳が次々に掲げられる。
「後半で逆転だ!」
「ここからが本番だ!」
翔真も叫んだ。
「ビビってた時間はもう終わりだ! 後半戦、俺たちが勝つ!」
チーム全員の声が重なった瞬間――鈍色の雲を割るように、希望の光が差した。
――後半戦開始の笛が鳴り響いた。
トナリーナ・ジュニアハイスクールの前線に立つのは、肉体を鎧で固めた戦士トリオ。
FW:ゼノ。
MF:ドルマとギライ。
彼らが織りなすパス回しは、まるで鋼鉄の歯車が噛み合うような正確さだった。
豪快な蹴りでボールを送れば、仲間は寸分違わずそこに走り込む。
戦士でありながら、芸術的とすら言える華麗な連携。
「くっ……速い!」
翔真は必死に追いすがるが、ゼノの体当たりひとつで簡単に弾き飛ばされる。
キースのタックルも、デコーズのスライディングも、ザグの豪腕も――すべて軽々とかわされていく。
「止めろ! 止まれって!」
叫びも虚しく、戦士トリオの三角形のパスが翔真たちを翻弄し続ける。
そして――ゴールネットが無情に揺れた。
「……っ!」
追加点を奪われた瞬間、翔真の心臓に氷の杭が突き立ったような感覚が走る。
だが、それは始まりにすぎなかった。
試合が進むごとに、圧倒的な実力差が刻み込まれていく。
戦士たちのパワーと技術に、異能の呪文が組み合わされる。
ディフェンスを抜かれ、ゴールを割られるたびに、北嶺セカンダリースクールの選手たちはただ立ち尽くすしかなかった。
「……こんな……こんなはずじゃ……」
翔真は歯を食いしばるが、足は鉛のように重い。
無情に積み重なるスコア。
気づけばスコアボードには――9 - 1。
試合は終わった。
惨敗。
その二文字が、フィールドに立つ全員の胸を、重く沈ませていた。
試合終了の笛が鳴った瞬間、翔真たちはその場に崩れ落ちた。
呼吸は荒く、心臓はまだ暴れ馬のように暴れているのに――スコアボードの**「9-1」**が、彼らの心を完全に沈めていた。
「……俺たち……全然、歯が立たなかった……」
翔真はピッチに両手をつき、顔を上げられずにいた。
だが、その時。
静かながら力強い声が背後から飛んでくる。
「顔を上げろ」
ローベルト監督だった。
呆然とする選手たちに、彼は顎でトナリーナの選手たちを示す。
「相手を見ろ。あれが――勝った者の姿だ」
翔真は恐る恐る顔を上げ、視線を向けた。
そこには勝者らしい誇らしさはなかった。
――あったのは、ボロボロの肉体。
FWのゼノは肩で荒く息をし、MFのドルマとギライは足を引きずっている。
そして、チームの要であるトマーティオは――仲間の肩にすがりつかなければ立つことすらできず、完全に消耗しきっていた。
「……あれ、が……?」
翔真は思わず息をのむ。
自分たちと同じように必死で走り、必死で戦い、最後まで力を振り絞った結果があの姿だった。
強さとは、ただ圧倒することではなく――命を削ってでも勝利を掴みに行く覚悟なのだと、翔真はようやく理解した。
「……負けたのは俺たちだ。でも……あいつらもタダじゃ勝てなかったんだな」
キースが苦笑交じりに呟く。
試合は終わった。
互いの魂を削り合った戦いの末、勝者も敗者も――ただフィールドに立つ仲間として。
翔真は立ち上がり、泥だらけの手を差し出した。
トナリーナの選手もそれを受け、笑みを返す。
歓声もなく、ただ静かに。
両チームは互いを称え合い、フィールドを後にした。
翌日――。
昨日の激闘の余韻も冷めやらぬテイコウジュニアハイスクールのグラウンドに、再びあの威圧感がやってきた。
「ローナルド監督!」
金色の長髪を風になびかせ、長身の影が堂々と現れる。
トナリーナジュニアハイスクールのエース、トマーティオだ。
グラウンドにいた部員たちは一斉に顔をしかめた。
「まさか……また試合か?」
「いや、昨日の今日でそれは……」
しかし、トマーティオの視線は翔真たちではなく、ただひとりを捉えていた。
ローナルド。
「約束は覚えてますよね、ローナルド監督」
「……あぁ?」
「昨日、俺たちが勝った。だからあなたは、俺たちトナリーナジュニアハイスクールの監督になる。約束通りだ」
部員たちの間にざわめきが走る。
「えっ!? そんな約束してたの!?」
「マジかよ……」
当の本人、ローナルドはというと――。
片手に持った酒瓶をラッパ飲みしながら、妙に困った顔をしていた。
「いやいやいや……待て待て。確かに“もし勝ったら考える”とは言ったけどな。オレ、今こっちで契約して監督やってんのよ。勝手に移籍とか無理だろ、なぁ?」
困惑しきった口調のまま、酒をぐびり。
まるで逃げるようにアルコールに頼るローナルドに、翔真たちは「おい!」と突っ込みたくて仕方がなかった。
だがトマーティオは一歩も引かない。
「……そうですか。なら、別の方法を考えるしかないですね」
低い声に鋭い光が宿る。
「ローナルド監督を、必ず俺たちのものにする。そのために次の策を講じますよ」
それだけ言い残し、トマーティオは踵を返してグラウンドを去っていった。
残された部員たちは顔を見合わせ、そして一斉にため息をついた。
「……なんか、嫌な予感しかしないな」
翌日。
昨日とまったく同じタイミングで、再びグラウンドにあの金色の髪が現れた。
「……お前、また来たのかよ」
ローナルドが頭をかきながら、酒瓶を片手に呆れ声を上げる。
「いくら来たって、オレは監督移籍なんてできねぇって言ってんだろ。契約とか大人の事情が――」
「問題ありません」
トマーティオはきっぱりと遮った。
「監督を招聘できないなら……俺が行けばいいだけの話だ」
「……は?」
全員の声が重なった。
意味がわからずぽかんと口を開ける翔真たち。
「ちょっと待って。今、なんて?」
「お前が“行く”って……どこに?」
トマーティオは胸を張り、黄金の髪をかき上げて宣言する。
「俺は今日から、このテイコウジュニアハイスクールに転校してきた!」
「……はああああ!?」
サッキーが素で叫び、ザグが目をむき、翔真は膝から崩れ落ちそうになる。
「書類も手続きもすべて済ませてある。俺はもう、正式な生徒だ。だから今日からは――」
トマーティオはにやりと笑い、堂々と腕を広げる。
「お前たちの“仲間”だ!」
「仲間って……え、いやいやいや!!」
全員が混乱の渦に飲み込まれた。
ローナルドだけは酒をぐびりと飲んで、ぽつりとつぶやいた。
「……おいおい、マジで来ちまったのかよ」




