予定調和の一幕
翔真は歯を食いしばりながら、何度も何度もスティールを織り交ぜた。
相手DFの足元から、離したボールを一瞬で引き寄せる。まるでボールが意思を持って彼の足へ吸い込まれていくように。
「……抜ける、抜けるぞ!」
背後で悲鳴や剣戟の音が飛び交う中、翔真は一気に敵陣を突破し、ゴール前へ躍り出た。
観客席代わりのギャラリーからもどよめきが起こる。
でも……ここからどうすんだよ!?
脳裏にさっきの光景がよみがえる。炎の弾丸、そびえ立つ岩の壁。
ただシュートを撃ったところで、また同じようにはじき返されるに決まっている。
「打開策は……ない……」
胸の奥に苦い思いがこみあげる。
それでも翔真は、足を止めなかった。
「だったら……撃つしかねぇだろ!!」
渾身の力を込めて、右足を振り抜く。
ゴールへ向かって一直線に飛ぶボール――。
「《岩壁障壁》!」
敵GKジェロの低い詠唱が響いた。
瞬間、ゴール前に再び巨大な岩の壁が隆起し、シュートを無情に弾き返す。
ドンッ! と鈍い音を立てて、ボールは虚しく跳ね返り、翔真の足元へ転がり落ちてきた。
「また……っ!」
歯ぎしりする翔真の前に、トナリーナのDFたちが迫り来る。
圧倒的な力の前で、どう戦うのか――翔真の答えが試されようとしていた。
翔真は足元のボールを巧みに操りながら、敵陣を切り裂いていった。
半径一メートルの“支配圏”を駆使し、ボールをわざと前に転がしては、スティールで瞬時に足元へ呼び戻す。
その繰り返しが、まるで相手DFを手玉に取るフェイントのように決まり、立ちはだかる敵たちは次々に翻弄されていく。
「……行ける! ここまで来た!」
息が荒くなる。目の前にはゴール――だが、同時に思考の奥底で冷たい予感が囁く。
撃っても……どうせ、またあの岩の壁が出るんだろ……
前回、ジェロの呪文に阻まれたあの瞬間が脳裏をよぎり、心臓を鷲づかみにする。
それでも、足は止まらない。止まってしまえば、それこそ試合が終わる。
「……打開策なんて……ない」
苦々しくつぶやき、右足を振り抜いた。
鋭い音を立てて、シュートがゴールへ一直線に飛ぶ。
その瞬間――敵GKジェロが低く声を響かせた。
「――《岩壁障壁》」
両手を広げ、呪文の詠唱に入るジェロ。
空気が重くなり、ゴール前の地面が不気味に揺れ始める。
翔真の渾身のシュートと、呪文の発動が重なろうとしていた――。
ゴール前、翔真のシュートが一直線に飛ぶ。
その前で、敵GKジェロが詠唱を続けていた。
「――《岩壁障壁》!」
地面がうねり、再び巨大な岩の壁が立ち上がろうとする。
翔真は歯を食いしばった。やっぱり……!
だが、その瞬間だった。
「――させるかァッ!!」
声と同時に、ゴール前へオーバーラップしてきたのはザグ。
坊主頭のシルエットが一直線に飛び込み、まるで弾丸のようなダイビングヘッドが繰り出される。
――ゴッ!
そのヘッドは、岩ではなくジェロの顔面を直撃した。
詠唱の集中を断ち切られたGKは、目をひん剥いたまま吹っ飛び、尻もちをつく。
「ぐ、ぅ……!?」
呪文は中断され、壁は現れない。
次の瞬間、翔真のシュートが一直線にゴールネットへ突き刺さった。
「ゴオオオオオルッ!!!」
歓声が響く。
ほんの一瞬の勇気で、ザグが切り開いたゴールだった。
翔真は思わず振り返り、泥だらけになりながらニカッと笑うザグと目が合った。
胸の奥が熱くなる。この世界のサッカーは、命がけだけど……こんな熱さもあるんだな。
「よっしゃあ! このまま追いついて、逆転するぞ!!」
翔真が叫ぶと、仲間たちの顔に希望の火が灯った。
たとえボロボロでも、たとえ“命がけのサッカー”だとしても、ゴールを決めた高揚感は何にも勝る。
しかし、その空気を一瞬で凍り付かせる声が、フィールドに轟いた。
「……ふざけるな」
金髪を揺らし、トマティオが前に出る。
その瞳は冷たい憎悪で満ちていた。
「俺が本気を出したら――お前ら全員、皆殺しだ」
その言葉に、翔真は背筋を貫かれるような悪寒を覚える。
ただの脅しではない。本気で殺すつもりの目だった。
キックオフ直後。
ボールがトマティオの足元に渡った瞬間、翔真の心臓が跳ねた。
「――危ねぇッ!! 全員よけろォッ!!」
叫んだ刹那、トマティオが詠唱を終える。
「爆光雷撃弾――《神の怒り(ゴッド・レイジ)》ッ!!」
ボールが閃光に包まれた。
耳をつんざく轟音と共に放たれたその一撃は、ただのシュートではない。
雷と光が混ざり合った爆裂弾となり、一直線に翔真たちへと襲いかかる。
地面が砕け、爆風が大地を抉り取る。
触れた芝生は黒焦げになり、石は粉々に弾け飛んだ。
「うわあああああああッ!!!」
選手たちは必死に飛び退くが、逃げ遅れた者は光に飲まれ、吹き飛ばされていく。
その破壊の跡は、まるで戦場に刻まれたクレーターのよう。
翔真は思わず震えた。
これ……サッカーの範疇、完全に超えてるだろ……!
トマティオの放ったシュートは、ただの一撃ではなかった。
火焔と雷鳴が混ざり合い、濁流のようにフィールドを飲み込む。
「う、うわあああああっ!!」
味方の叫びが次々に途切れ、黒焦げの影となって倒れていく。
シュートの余波だけでチームメイトたちは炭の塊に変わっていった。
――ただ一人、翔真だけが辛うじて立っていた。
しかしその体は裂け、血に染まり、呼吸をするたびに喉から鉄の味が滲み出る。
「……っ、こんなの……もう……」
片膝をつき、ピッチに崩れ落ちる。
指先で掴んだ芝は熱に焼け、土にすらならない。
目の前に広がるのは、仲間を失った無惨な光景。
絶望にひれ伏した翔真の耳に、冷静な声が届く。
「……ふむ、まだ助かる」
「これなら回復処置で十分だ」
振り返れば、ローナルドとリオーネが、何事もなかったかのように立っていた。
彼らは瓶に入った奇妙な薬を取り出すと、無言で倒れた選手たちに振りかけていく。
じゅわり、と煙を上げて炭化した身体が再生し、
次の瞬間には「う、うわっ?!」と悲鳴と共に選手が飛び起きる。
まるで死など最初から存在しなかったかのように、淡々と。
翔真は呆然とその光景を見つめるしかなかった。
彼が抱いた絶望は、ローナルドたちにとっては“予定調和の一幕”でしかないのだ。




