なんで服だけ戻んねぇんだよ
フィールド中央に両チームの選手たちが並ぶ。
ローナルドが酒瓶を片手に、どこかやる気のない声でスタメンを読み上げた。
「……テイコウジュニアハイスクール!」
FW:翔真(盗人)
MF:デコーズ(魔法使い見習い)、ドロン(僧侶見習い)、キース(戦士見習い)、スバース(無職)、パン(遊び人)
DF:ガトー(不明)、ギラン(召喚できない召喚士)、セト(戦士風)、ザグ(モンク)
GK:ザンガ(狂戦士)
……並べてみると、弱小感がものすごい。
「おい、俺、盗人ってなってるけど……」
翔真がこっそりローナルドに抗議するが、ローナルドは酒をぐびっとあおるだけ。
「事実だろうが」
「いやまあ……そうなんだけどさ!」
続いてトマーティオの声が高らかに響く。
「――そして! トナリーナジュニアハイスクール!」
FW:トマーティオ(魔法使い)、ゼノ(戦士)
MF:ドルマ(戦士)、ギライ(戦士)、ドーマ(僧侶)、ゼン(忍者)
DF:ジーノ(魔法使い)、アレス(重戦士)、キロー(騎士)、セロ(僧侶)
GK:ジェロ(魔法使い)
――見た瞬間、翔真は悟った。
圧倒的。
種族も職業もバランスも、何一つテイコウと釣り合っていない。
魔法、剣術、忍術、重戦士の鉄壁――全方位に戦力が配置されている。
「いやいやいや……どう見ても向こうプロ仕様じゃん! なんでこっち無職とか召喚できない召喚士とか混ざってんの!?」
翔真が悲鳴をあげる。
隣のスバースがぼそりと呟く。
「無職をバカにするな……無職は可能性だ……」
「今そういう話じゃねぇよ!」
対して、トナリーナの選手たちは皆、胸を張り、剣や杖を煌めかせて立ち並ぶ。
その堂々たる姿に、観戦している村人たちからもどよめきが起こった。
――どう見ても、実力差は歴然。
試合が始まる前から、翔真たちの敗北は約束されているように思えた。
笛の音が高らかに鳴り響き、試合が始まった。
最初にボールを持ったのは、テイコウのMF――キースだった。
「おらぁっ!」
やけくそ気味にドリブルを開始する。力強さだけはある。
だが、すぐさま相手MFのドーマが前に立ちはだかった。
「フン、見せてもらおうか。田舎者のサッカーをな」
キースは怯むことなく足を振り抜く――いや、パスだ。
「ザグ!」
ボールはバックパスとなり、モンク姿のザグへと転がる。
「よっしゃ!」
ザグは力強く胸で受け、前へ踏み出そうとする――その瞬間。
「――《防風》!」
ドーマの口から鋭い呪文が紡がれた。
次の瞬間、烈風がフィールドを切り裂いた。
鋭利な刃のような風がザグの体を襲う。
「ぐあああああっ!!」
ザグのユニフォームが裂け、皮膚が刻まれる。いや、それどころか――身体そのものが細切れにされていく。
血と布切れが宙を舞い、ほんの一瞬でザグは粉々に砕け散った。
地面には赤黒い染みと、崩れ落ちた布の残骸が残るだけ。
「――なっ……」
翔真は目を疑った。
確かに、聞いてはいた。異能サッカーは殺し合いだと。武器も魔法も使い放題だと。
けれど……いざ目の前でチームメイトが“粉々”にされるのを見せつけられて、頭が真っ白になる。
「サッカー……って……なんなんだよ、これ……!」
声にならない声が、翔真の喉から漏れた。
血煙がまだフィールドに残る中、ドーマはためらいなくボールを拾い上げた。
足元で軽くタッチし、すぐさま前方へ鋭いパスを送る。
「トマーティオ!」
ボールは金髪長髪のエース、トマーティオのもとへ。
その瞬間、空気がピリピリと震えだす。
「見せてやろう――これが本物の異能サッカーだ」
トマーティオが低く呟き、右足に炎が宿った。
「――《炎獄蹴撃弾》!」
轟音とともに蹴り放たれたボールは、燃え盛る火球となって一直線に翔真たちへ襲いかかる。
「うわああああっ!」
翔真は反射的に身をかがめた。だが、火球の爆風は容赦なく彼らを巻き込み、コート中に炎の波を広げた。
吹き飛ばされるテイコウの面々。地面に叩きつけられ、砂煙と焦げた匂いが立ちこめる。
そのまま火球はゴールネットへ――轟音と閃光を残して突き刺さった。
「ゴォォォォォル!!!」
観客席が揺れるほどの歓声と怒号が響く。
スコアは、0-1。
開始わずか数分で、力の差をまざまざと見せつけられる結果となった。
「な……なんだよ、これ……」
翔真は立ち上がろうとして、膝が震えているのに気づいた。
サッカーじゃない。
これは――戦場だ。
「……ザグ!」
目の前で切り刻まれた仲間の姿に、翔真はその場に膝をついた。あの悪態ばかりついてくるずんぐり坊主頭の後輩が、血まみれで倒れている――現実感が薄れていく。胸の奥が焼けるように痛み、視界が滲んだ。
そのとき、ドス……ドス……と重い足音が近づいてくる。
ドロンだ。無言のまま歩み寄り、その手には不気味な瓶が握られていた。中には緑色に濁った液体がとろりと揺れ、鼻を突く匂いがあたりに広がる。
「おいおい、何を……!」
翔真が制止する間もなく、ドロンは切り刻まれたザグの体にその液体を振りかけた。
ジュワッ――。
蒸気が立ち上り、裂けた肉がみるみる塞がっていく。骨の隙間が繋がり、皮膚が滑らかに戻っていく。
「うおおおおおおっ!」
次の瞬間、ザグは勢いよく跳ね起きた。坊主頭を揺らし、まるで何事もなかったかのようにピョンピョン飛び跳ねている。だが――服は跡形もなく、裸のまま。
「……え、なんで!? なんで服だけ戻んねぇんだよ!!」
ザグは元気すぎる声で叫びながら、腕をぐるぐる回している。
翔真は頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待て! とにかくユニフォームを着ろ!! このままじゃプレーどころか試合が止められるだろ!」
裸で跳ね回るザグを、観客席からも呆気にとられた視線が突き刺さる。
翔真は心底安心しつつも、別の意味で頭を抱えるのだった。




