監督を賭ける
その日の放課後。テイコウジュニアハイスクールのグラウンドに、見慣れない長身の影が現れた。
金色の長髪をなびかせ、背筋を伸ばして歩く姿はまるで貴族の騎士。
近づくだけで周囲の空気が張り詰めるような威圧感を放っていた。
「……だ、誰だアイツ……?」
翔真は思わず声を漏らす。隣の仲間たちも、ごくりと唾を飲み込んでいる。
その男はフィールド中央で立ち止まり、鋭い目をローナルドに向けた。
「ローナルド=グランヴィル」
低く響く声は、挑むように力強い。
「俺はトマーティオ=ラング。トナリーナジュニアハイスクールのエースだ」
周囲がざわめいた。トナリーナ――隣町の強豪校。その名を知らぬ者はいない。
しかも、トマーティオはジュニア年代で最強と言われるフォワード。翔真でさえ噂を耳にしたことがあった。
トマーティオは長い金髪をかき上げ、ローナルドを真っ直ぐに見据える。
「俺はあんたに会いに来た。――かつてキングダムカップを制した、伝説のエースに」
その言葉に、翔真は思わずローナルドを振り返る。
「ローナルドさん……キングダムカップって……?」
仲間たちも同じ疑問を浮かべていた。だが、ローナルドは答えない。代わりに、僅かに目を伏せ、苦い笑みを浮かべた。
(……昔の話だ。もう二度と口にするつもりはなかったのに……)
トマーティオは一歩踏み出し、声を張り上げる。
「俺たちトナリーナは、次のカップを制するために最強の布陣を整えている。だが、最後の駒が足りない。……監督だ」
その視線がローナルドに突き刺さる。
「ローナルド=グランヴィル。あんたに俺たちの監督をやってほしい」
その場が一瞬で静まり返る。翔真たちテイコウの選手たちは顔を見合わせ、言葉を失った。
胸の奥で、翔真の心臓が強く脈打つ。
(……ローナルドさんが、俺たちを置いて……?)
グラウンドに緊張が走った。トマーティオの真剣な誘いに、翔真は思わず息を呑む。
(……ローナルドさんが、いなくなる……?)
一瞬だけ、不安が胸をよぎった。だが、すぐに冷静になった。
(いや、よく考えたら……俺、ローナルドさんのことそんなに知らないよな。ただの酒臭いおじさんじゃん)
翔真がそう思ったのと同じように、周囲のチームメイトたちも顔を見合わせていた。
「……まあ、別に行くなら行くでいいんじゃね?」
「俺たちにとってはただの酔っぱらいだしな」
「そうそう、知らないおっさんがどこで監督やろうと、正直どうでもいいし」
あっさりとした反応に、ローナルドのこめかみがピクンと動いた。
「おいおいおいッ!」
彼は慌てて声を張り上げる。
「ちょっとは引き止めろ! 『行かないでくださいローナルドさん!』とか、『あなたが必要です!』とかあるだろ!」
突然の逆ギレに、生徒たちは肩をすくめた。翔真も思わず苦笑する。
「いやいや……そこまで言うほどの信頼関係、まだ築いてないでしょ……」
ローナルドは両手を広げ、もどかしそうに吠える。
「俺はなぁ、一応ここで監督してるんだ! テイコウの! だから、他の学校の監督なんざやるわけない!」
その言葉に、トマーティオの眉がぴくりと動いた。
「……なるほど。ではその意思、確認した」
長身のエースは踵を返し、金髪を翻しながら去っていく。
残されたフィールドには、どこか間の抜けた沈黙が漂った。
「……なんか、勝手に来て、勝手に帰ったな」
「ほんとだな」
そんな生徒たちのつぶやきを聞きながら、ローナルドだけが一人、妙に誇らしげに胸を張っていた。
練習場に現れたのは、昨日の金髪長身――トマーティオだった。しかも今日は一人ではなく、トナリーナジュニアハイスクールの仲間たちをぞろぞろと引き連れてきていた。
全員が筋骨隆々、圧に満ちた眼光でこちらをにらんでいる。
「お、おい……あれ全員、トマーティオのチームメイトじゃねぇか……?」
「なんでこんな大人数で……」
テイコウの練習場は一気に緊張感に包まれる。
トマーティオが前に出て、堂々と宣言した。
「昨日の話、覚えているな? ローナルド監督を我らトナリーナのチームに迎え入れる。――ただし!」
彼の声は雷鳴のように響いた。
「フェアに決めてやろう。試合だ! 勝った方がローナルドを手にする!」
「……は?」
翔真たちテイコウの部員は、全員揃って唖然とした。
「ちょ、ちょっと待て!」翔真が慌てて手を振る。
「そんなの、俺たち聞いてないし! ローナルドさん、別に監督争奪戦とかしたくないですよね!?」
当のローナルドは酒瓶を片手に、半目であくびをしていた。
「いやぁ……俺も正直、巻き込まれてるだけなんだが……」
「ほら! やっぱり!」翔真が食い下がる。
「だから勝手に監督をかけるとか――」
しかし、トマーティオは翔真の抗議を一蹴する。
「勝手ではない! 我らの誇りを懸けた挑戦だ! 言い訳は許されん!」
その圧に押され、テイコウの面々は口を閉ざすしかなかった。
「……マジかよ。これ、断れない空気になってるぞ……」
「いやいや、俺たち弱小校だろ? 勝負にならねぇって!」
生徒たちの悲鳴交じりの声をよそに、トマーティオはにやりと笑う。
「では、試合開始だ!」
――こうして、テイコウジュニアハイスクールとトナリーナジュニアハイスクールの因縁めいた一戦が、強引に幕を開けることになった。




