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6. 王女の初恋 Side:クリステル

 私——クリステル・アグリゼルは、現アグリゼル国王の長女として生を受け、今年で二十歳になった。第一王女である。髪の色は金色で、瞳の色は薄いブルー。


 背丈は普通だけれど、少し豊かなボディーラインは女性らしいと思う。

 童顔だと言われる顔がコンプレックスで、結婚式に着る大人っぽいドレスが不似合いなことが悩みだった。


 でも今日、婚約式で——私は人生の一大事を予定どおりぶち壊した。

 お相手の王子には申し訳ないけれど、元よりこの婚約は『婚約破棄』に持ち込むつもりでいたのだから、私にとっては『予定どおり』だったのだ。

 

 王女としての人生でたった一度のわがまま。

 最初で最後の意思表示——。


 ◇


 ———ヴァーゼルム帝国アレクサンダー皇帝陛下に初めてお会いしたのは、私が10歳の時だった。


 幼い頃から容姿や能力にコンプレックスのあった私は、少しでも優秀になろうと、お父様が許して下さる公務には可能なかぎり同行した。


 そんなある日、大陸の地形調査についての会議がヴァーゼルム帝国で行われて——。お父様に連れられた私は、緊張と期待が入り混じるような気持ちで、帝国へ同行したことを覚えている。


 歩いているうちにお父様を見失って、気付いたら庭園のど真ん中。

 通りかかる人もいなくて、泣きながら出口を探したっけ。


 ちょうどその時、護衛に囲まれた陛下が声をかけてくださった。

 なんでも、休憩を取られるところだったとか。


 陛下を見上げる私が太陽に目を細めたら、すぐに跪いで下さって。

 私を覗き込むお顔の美しさと、黒い髪、赤い瞳、とにかくその全てに釘付けになったことを今でも忘れられない。


「アグリゼルのお姫様だね? 偉いなぁ、お勉強しに来たのだろう?……」


 という言葉から始まった会話は、本当に特別な時間をもたらしてくれた。

 10歳なりの悩み——立場に能力が追いつかない人間の苦しみや足りない人間の惨めさ——を、私は一生懸命に話した。


 それまでも幾度となく、一生懸命に周りへ伝えた思いだった。

 それでも誰も受け止めてくれない思いだった。


 それを、アレクサンダー陛下はスンナリと受け止めて下さった。

 そう——陛下だけが私を受け入れてくれたのだ。


 私はその時——初めて、男性にトキメキ、男性を好ましく感じた。

 きっとあれが、初恋。


 そんな気持ちを感じないくらい、性別の違いも知らないくらい、もっともっと幼い頃に出会いたかった——。そうしたら今の私は、こんなにも苦しい思いをせずに済んだだろうから。


 ◇


「このバカ娘が!!」


 想いにふける私の気持ちなど知らず、お父様——アグリゼル国王——が私の部屋に靴音も荒々しく駆け込んできた。そして開口一番に放った言葉は、慰めでも労いでもなく、叱責だった。


 ヴァーゼルム帝国の皇帝まで招いた婚約式で醜態を晒した後、私は自室に閉じ込められている。


「あんな大勢の……しかもよりによってアレクサンダー皇帝の前で、私に大恥をかかせおって!!正気かっ!?」


「しかしお父様……。お父様だって以前に仰ったじゃないですか。一流の男と、誰よりも強い権力を持つ男と結婚しろと!! 我がアグリゼル王国はどこよりも長い歴史と伝統を持っているのだから、小国であろうと卑下する必要はないと仰いました!……だから私の第一希望は、アレクサンダー皇帝の後妻だったのです。それがダメなら、フェルミゼル王国の王太子を……。それを何が悲しくて、第三王子など選ばなければならいのか……」


「お前は本物の馬鹿なのかっ!? 確かにそうは言ったが、相手は21も上の男だぞ!? しかもたった二年で大陸の三分の二を制した冷酷非道な男だ……。はぁ…クリステル、お前の幸せはもちろん願っているよ。だがな、あんなかたちで外に恥を晒すのはまた……別の問題なんだ。わからないのか?」


「は、恥とは何ですか? 恥というなら、小国の第三王子を夫にして……国の発展につなげることすらできない方が、ずっと恥ずかしいではありませんか!?」


「お前という奴は……。いや、私が悪いんだ。甘やかしすぎた……」


 ———私の言葉に、お父様はガックリと肩を落とした。


 どうやら、私の考えは立場に相応しいものではなかったようで。

 後から続くお父様の言葉に愕然として、放心状態になった。


「お前の婚約を……20になるまで遅らせてやれたのは、女王になるという約束があってのことだ。それを今更どこぞの権力者に嫁ぎたいなど、貴族どもが許すわけがない。状況はもっとお前にとって不利になってしまった。もはや、国内の貴族家から婿を取るしか……選択肢はないだろうからな」


「それは、どういうことですか?」


 私が女王になることが大前提だったってこと?

 私が結婚するなら、婿を取るしか選択肢がなかったってことなの?

 お父様の説明に問題があったのか、私の理解力に問題があったのか——。

 

「戦で剣を振るえずとも、外交が苦手であろうとも、優秀な伴侶さえ迎えれば……乗り切れるだろうと踏んだ……私が愚かだった。どうせお前は、フェルミゼルの第三王子について自分で調べもせずに……自分に相応しくないと決めつけたんだろうが、周りから見れば『お前に王子はもったいない』って話だ」


 お父様が仰るには、能力に不足のある私が王位を継承するには、一人でも多くの支持を得る必要があって。その前提にあったのは『優秀な婿をとる』ということだったと——。


 ——そして何より私を傷付けたのは、お父様が最後に付け加えた言葉だった。


「……あと、お前のためにも話しておこう。アレクサンダー皇帝の娘、マリソル殿下のことは知っているな? 彼女はな……いずれ帝国を背負って立とうと、熱心に内外の調査を行い、自ら婚約者を選び、その打診までしているそうだ。剣術も魔物の討伐で功績を残すほどで、頭脳こそ……まぁポンコツって噂はあるが、美貌も抜きん出ている。性格についての悪評を補って余りある程、努力をしているんだ。一度……話を聞きに行ってみたらどうだ?……決して当てつけで言っているんじゃないんだ。分かってくれるな?」


 ——それは私だって分かってる。

 あの皇女と私とじゃ比べものにならないってことくらい。

 だけどそれを、実の父親から言われたくなかった。


「お父様、もう出ていってください。このままお話ししたからって……私は優秀にも絶世の美女にもなれませんから」


 ——話し合うとか、話を聞くとか、そんなことできそうにない。

 

 私は美しくセットされた髪をめちゃくちゃに掻き乱して。

 首をブンブンと数回、大きく振った。

 そうして最後に頬をパンッと両手で挟んだら、何か吹っ切れたような気がした。


「さて、荷物をまとめてヴァーゼルム帝国へ出発よ!!」

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