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10. 王家の思惑

「まぁ……そうなの?……王太子妃付きねぇ?」


 私の一言に怯えて、王宮の侍女たちは慌てて部屋から出ていった。

 朝食の支度に訪れた侍女の一人が、うっかり口を滑らせたのだ。


 ——フェルミゼル王国での『皇女マリソル』の扱いについて。


 私は目の前に用意された素晴らしい朝食に感動して。

 その新鮮な果物にフォークを突き立てて、満足の笑みを浮かべただけなのに。

 どうやらこの上なく、侍女たちの目には不気味に映ったようだ。


 彼女たちの退室に1分を要しなかったところを見れば、容易に察しがつくというもの。


「……これは、しっかりと確かめる必要があるわね」

「なんなりとお申し付けくださいませ」


 帝国から連れてきた侍女のレイナが、そっと頭を垂れる。


 レイナは、一般的な侍女ではない。

 私の父——ヴァーゼルム帝国第23代皇帝、アレクサンダー・リゲル・ヴァーゼルム陛下の『影』。皇帝護衛部隊所属の特殊護衛官だ。


 有事の際には、躊躇うことなく命を差し出すことを誓っている。


 今でこそ、こうして私に仕えてくれているが、初めて会った時の『殺気』——あれはそう簡単に忘れられるものではない。目の前にいるお仕着せ姿のレイナは、どこからどう見ても普通の可愛らしい女の子なのだから——。

 

 ◇

 

 フェルミゼル王国滞在も今日で七日目。

 王妃殿下が私のために晩餐会を主催して下さることになっている。

 

 ふっくらとした唇に鮮やかな紅。

 髪はハーフアップで、サイドは編み込みにしてもらった。


 仕上げにはダイヤモンドの髪飾りを付けると、昨日から言われていて。

 それも整うと、侍女のレイナはパンッと両手を合わせ、満足そうにこう言った。


「殿下、本日もお美しい!最高の仕上がりですわ」


 外遊など旅に出る際、レイナのセンスには幾度も助けられた。

 今回も言わずもがな、ベストチョイスのオンパレードだ。


 ——私は鏡越しに目を細めて見せる。


「やっぱりレイナのヘアメイクは……別格ね」

「ふふふ……皇女殿下専属ですから」


 レイナが次に取り出したのは、イヤリングとネックレス。 

 どちらも髪飾りと同じデザインなのだけれど、それを見る彼女が嬉しそうで。

 ニヤニヤしているものだから、こちらまで釣られてしまう。

 最後は一緒に笑って、これはもはやルーティンのようなものね。


 ———二人で楽しくやっていると、王室の侍女長がやってきた。


「マリソル皇女殿下にご挨拶いたします。侍女長のメラニーと申します。本城にご滞在の間お世話をさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 ———挨拶も済みホッとした様子のメラニーだが、恥ずかしそうに世間話を始めた。


「お二人がとても親密で、羨ましく思いますわ」

「そう?……言われてみれば、そうかもしれないわね。気が向いた時には、メラニーも加わってちょうだい」


 ——この人を入り口にしよう、私はメラニーに上手く頼ることにした。


「今朝、侍女の一人が教えてくれたのだけれど……、私のお世話をして下さる皆さんは『王太子妃付き』の精鋭たちだそうね? 侍女長の貴女なら、詳しくご存じなのでしょう?」


 ——ハッとした様子で口元を覆う姿は、いかにも怪しい。


「王太子妃付きって、ねぇ…? だって私は、第三王子のリカルド殿下に求婚したのよ?」

「お、お許しください。実は……マリソル様がいずれクリストフ殿下の妃になられる方だと……」


「クリストフ殿下?王太子の?」

「は、はい……」


「あの方には既に婚約者様がおられるじゃない?イズミラ様だったかしら?」

「……マリソル様と出会われたので、破棄されると耳にしました。私からお聞きにな…」


「大丈夫!誰にも言わないわ」


 レイナに視線で合図を送ると、頷いて——そっと部屋を出ていった。

 いったいフェルミゼルの皆様は何をしたいのかしら?

 何を企んでいるのだろう?

 

 王太子クリストフ・エル・フェルミゼル殿下

 これは貴方の画策ですか?——それとも国王陛下の?


 私は改めて、姿見に映る自分を眺めた。

 少しずつターンをしながら、背中までゆっくりと。

 その様子を見たメラニーが、なにやら嬉しそうで。


「そのドレス、お気に召しましたか?」

「えぇ。私の珍しい髪色に良く合う色だわ。素敵なドレスをありがとう」


 私の瞳の色と同じブルーの生地に黒いレースを重ねたドレス。

 ホルターネックがエレガントで、私の派手な髪色と良いバランスだ。


 胸元から首まで、黒いレースで仕立ててあって。

 上品でありながら——レースの透け感が絶妙な色っぽさを誘う。

 王妃主催の晩餐会に相応しい装いだわ。


「実は……このドレス、王太子殿下が王宮の裁縫室に仕立てを急がせたものなんです。失礼ながら、皇女殿下のサイズは……帝国に確認させていただきました」


 ———メラニーは、まるで我が事のように嬉しそうだ。


「まぁ……そうなの?」


 王太子が私のために、ドレスや身の回り品を用意しておくよう先触れしたのは聞いていた。だが、その一つがこのドレスだとは——。


 しかも今回は、王太子がデザインにまで口を出したそう。

 強引な早仕立ての指示も、強行すると言い張って聞かなかったらしい。


 それは今までの王太子からは想像もできない行動で。

 どれだけ私との婚約を切望しているか——という恋バナで使用人たちが沸き立ったというのだ。


「へぇ……そうなの……」


 私は困った顔をして見せるしかなかった。

 眼中にはリカルド様しかないというのに、どうしたものかしら。


 ———沈む気持ちなどお構いなしに、ノックの音が響く。


「支度はお済みですか?」

「王太子殿下……?」


 メラニーがドアを開けると、その先には、柔らかな笑みを浮かべたクリストフ王太子殿下が立っている。金髪碧眼の美青年、スラッと八頭身の典型的な王子様体型だ。


 私は礼をして部屋に迎え入れたものの、内心では——怒りを抑えられるか不安なほどだった。この強引なやり口は、王子様などという可愛らしいものではないのだから。


「マリソル殿下、お迎えに上がりました」

「……失礼ながら、私のエスコートはリカルド殿下がなさるべきでは?」

「ここは王太子宮ですから、リカルドはおりません」


 強く伝えたつもりだったけれど、クリストフ殿下には響かない。

 何事もなかったかのように、私に腕を差し出して。

 会場までエスコートする意思は、全くもって揺るがないようだ。


 ——それより、ここが王太子宮だって知らなかったんですけど?


「では、よろしくお願いいたします」


 私は申し訳程度に声を掛け、クリストフ殿下の腕に手を伸ばした。

 満足気な視線を感じるたびに苛立つけれど、今はどうすることもできない。


 王太子宮を出て、国王たちの宮へ入る頃だろうか——。

 殿下が思い出したように口を開いた。


「そのドレス、とても似合っていますよ」


 目を上げると、クリストフ殿下が嬉しそうに私を見つめている。

 いったいこの人は何を考えているのだろう?


 リカルド様と私の婚約について、すっぽり記憶を無くしたような。

 まるで全く聞いていなかったような態度。


 皇帝と国王が書面を交わした、国同士の約束——。

 リカルド様と私の婚約話を忘れてしまったというの?


「殿下がお選びくださったドレスだとお聞きしました。ありがとう存じます」


 礼を口にしながらも、この不敬とも言える私への行いをどう処理してやろうか——、いよいよ考え始めたのであった。


 だってこの時はまだ、リカルド様のお気持ちを知らなかったから。

 彼が私のために用意してくれた贈り物の存在を、全く知らされていなかったから。

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