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1. 皇女マリソルの悩み

「こ、このお話は……じ、辞退させてください」


 ——え!? またやってしまった?——


 皇帝陛下ご自慢の『刀剣コレクション』煌めく、皇城の応接室での出来事だ。私は今、幾重にも重なる金色の刺繍で飾られた豪奢なソファーに身を預け、黙ったまま目の前の令息を見つめている。


 何を隠そう——絶賛!!婚約辞退10件目を、うわそらで対応中なのである。


 ハンカチで額の汗を何度も拭う青年は、10番目の候補者——リエスターゼ公爵家の三男ルートヴィヒ。長男は後継者で、次男は家門の事業を受け継ぐ予定と聞いたので、極めて自由度の高いな三男を候補者にさせてもらった。


 申し分ない家柄に穏やかな性格、顔は全く好みじゃないけど——お婿さんとしては合格点だったのにな——。


 それが、どうしてこうなった?

 彼は涙ぐみながら、震える声でこう言うのである。 


「も、申し訳ございません。皇女殿下との縁談など、身に余るお話で……こ、光栄ではございますが……マ、マリソル様は、私などいなくとも……こ、これっぽっちもお困りにならないかと……(こ、怖い……。すごい威圧感じゃないか。こんなのと一緒に暮らせるはずがないっ!)」


 そう——、私はここヴァーゼルム帝国の皇女、マリソル・ロゼ・ヴァーゼルム。『冷血皇帝』としてその名を馳せる——アレクサンダー・リゲル・ヴァーゼルム皇帝の一人娘である。


 年齢は18、髪の色はラベンダーシルバー(薄紫がかった銀髪)で、瞳はコバルトブルー。どちらかと言えば痩せ型だけど、剣術のおかげで程良い筋肉を手に入れた。『絶世の美女』と言うのはお世辞としても、顔だって——まぁまぁ好ましい方だと思う。


 それにしても、彼の言う「困らない」とは、いったいどのようなことだろう?

 あ、いけない——また黙り込んじゃった。

 怖がられていないと良いのだけれど。


「まぁ……たしかに私は、貴方がいなくても何も困らないと思いますわ。……わかりました。他にご用がなければ、私はこれにて失礼いたします。その涙が落ち着いたら、私の許可なく帰っていただいて構いませんので。どうぞお気を付けてお帰りくださいね」

 

 さすがの私も居たたまれなくなって。

 令息に心で詫びながら、部屋を出ることにした。

 そうでもしないと、どんどん気分がふさぐから。


 皆んな同じよ——。

 私の容姿が美しいと言うわりに、結婚したがらない。

 シルバーの髪には触れたくなるし、ブルーの瞳には吸い込まれそうになる。

 そんなこと言うくせに——婚約すらしたがらない。


 まぁ何はさておき、今回は変な交換条件をチラつかせたり、降嫁を提案するような人じゃなくて本当に助かった。


 念のため父上にお願いして、応接室を『刀剣コレクション』厚めに模様替えしてもらって、私も騎士服に着替えてスタンバイしたのだけれど。

 全く不要な用心だったわね。


 極めて解りづらいだろうけれど、これは——『将来皇帝になる可能性がございます』アピールでもある。なにしろ、新しく世継ぎでも誕生しない限り、私か私の夫が皇位を継承することになるのだから。皇帝になる覚悟——皇配になる覚悟の無い者、皇女の夫になるべからず!なのである。


 ———特に私は、この世にたった一人と言われる『読呪(どくじゅし)の魔女』でもある。呪いの始点まで遡って、解呪に必要な情報を得ることができる異能を授かって生まれた。魔法陣を通して、その全てを脳内にインプットできる特殊能力を持っているのだ。


 皇族として百年に一人と言われる魔力を授かった以上、他国へ嫁ぐなど許される立場ではない。そして何より私は、帝国を愛し民と領土を守り抜くと、誓ったしね。

 

 だからこそ、幼い頃に学んだ悲劇の数々——父が奪った数多あまたの命、血塗られた大粛清(だいしゅくせい)や制圧された国々の末路——その記憶を共に背負ってくれる伴侶を探している。——時として背中を預けられる伴侶を。


 “果たして見つかるものかしら??——神のみぞ知るってところだわね”


 この時の私はまだ、本当にそう思っていた。

 まもなく訪れる運命の出会いのことも知らず。

 そして自分よりも計り知れない強さを持つ誰かに、執拗に愛され守られる日が来るとも思っていなかったから。

 

 ◇


「はぁ、またか……」

 二人のやり取りを続き部屋のドア裏でこっそりと聞いていたマリソルの父親は、ガックリと肩を落とした。


 皇女マリソルは、この私——ヴァーゼルム帝国皇帝アレクサンダーの一人娘だ。

 

 皇后で母親のクロエは、この帝国で最も名高い筆頭公爵家の生まれ。

 残念なことにマリソルを産んですぐに亡くなったが、その美しい銀色の髪とブルーの瞳は見事に娘へと受け継がれ、天真爛漫で素直な性格もまた良く似てくれた。


 そうだ間違いない、マリソル——我が娘は、容姿や地位だけでなく人柄まで、何から何まで言うことなし!の超優良物件ではないか——。


 それなのにどういうわけか、婚約に辿り着けない。


 私とクロエが愛し合っていたことから、娘には政略結婚であっても『心から愛してくれる』相手と結婚して欲しいと願っている。


 だから——皇室として強制的な求婚状を送るのはやめ、先方が『辞退可能』な婚約申込状に変えたわけなのだが、まさかこんなに辞退されることになろうとは——。


  父親から見ればこの子は、求婚状が後を絶たなくても不思議ではないほど美しい。それがどうだ? 令息たちは皆、まったく婚約に駒を進めることなく去っていく。


 マリソルの態度から『興味がない』と伝わるからか?

 いや、そんなはずはない。

 候補者は全て、マリソル自ら選んでいるのだから——。


 可哀想なマリソル、お前がこんなにもたくさんの男にフラれる姿を——父は見たくなかったよ。


 まぁそれならば仕方ない!!

 気を取り直して、隣国の婚約式に公務として同行させよう。

 以前から目をつけていた王子が、おそらくフリーになるはずだからな。


 冷血皇帝——アレクサンダー・リゲル・ヴァーゼルムは、『マリソル婚約者候補』と書かれた桃色の極秘ファイルを眺め、残り少ない独身王子のリストをめくった。


 そして、アグリゼル王国の王女クリステルの名前に、大きく二重にバツをつけたのである。はたして、その真意やいかに!?

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