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テオロギア・ネガティーヴァ――炎鉄のダンジョン――

作者: 白宮

 頭を強かに打った衝撃が頭蓋に響き続け、額を押さえるとじんわりとした痛みが指先に伝わってくる。

視界が一瞬揺れ、目の前がぼやけて焦点が合わない。くそっ、ここはどこだ――そうだ、ここは炎鉄のダンジョン「フォージ」。

 

 記憶が霧の中から浮かび上がる瞬間、頭に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめた。錆びた鉄壁が視界の果てまで続き、煤と油の匂いが鼻腔を刺すように広がる。熱風が低く唸りながら吹き抜け、遠くで金属が軋む重い音が絶え間なく響き渡る。まごうことなき、煉獄だ。しかし、俺は炎を操る特別な力を持つ者としてこの世界に転移した。このダンジョンを攻略し、英雄として歴史に名を刻まなければ。


 立ち上がろうとすると膝が震え、頭が脈打つ感覚が全身を包む。額に汗が滲み、目に入ってチリチリする。鉄壁に手を当てると、熱が掌にじりじりと伝わり、微かな振動が指先を震わせる。どこかで見たような気もするが、そんな記憶は頭を打った衝撃で霧の中に沈んでいる。通路は薄暗く、熱で空気が揺らぎ、鉄壁に反射した光が不気味に瞬いている。俺は特別な存在だ。この熱風も、金属音も、俺の力を試す試練に違いねえ。


 「ステータスオープン」と呟いてみるが、何も反応がない。目の前に光の窓が浮かぶはずなのに、空っぽの空間が広がるだけだ、MPが切れてやがる。「くそっ、仕方ねえ」と舌打ちし、頭を振って霧を払うように意識を集中させる。熱風が顔を撫で、汗が首筋を伝って服に染み込む。このダンジョン、見た目からして尋常じゃない。通路の奥を見やると、熱で歪んだ空気の向こうに人影が揺れている。また魔物か? いや、違う。 3人の女の子だ。汗で服が濡れ、髪が乱れ、息を切らせている。彼女たちの姿は、このダンジョンの過酷さを物語っている。


「おい、お前ら何者だ?」と声をかけると、一人が柔らかい声で答えた。


「タケシさん、だよね? 私はユキ。よろしくね。…こんな場所で会うなんてね」


 長い黒髪が汗で額に張り付き、穏やかな目が俺を見つめる。彼女の制服は湿って体に貼りつき、首筋に汗が光っている。熱風が彼女の髪を揺らし、汗が一筋、鎖骨へと流れ落ちる。次にショートカットの元気そうな子が前に出た。


「タケシさん、びっくりしたよ」


 アミと名乗る子が目を丸くする。動きに合わせてスカートが揺れ、汗で太ももが少し見える。彼女の声は少し震えていて、この場所の緊張感が伝わってくる。最後に髪を束ねたクールな子が口を開いた。


「私はリカ。ここで会うなんて予想外」


 淡々とした口調のリカは、汗で制服が体に貼りつき、胸のラインがうっすら浮かんでいる。彼女の目は鋭く、俺を値踏みするように見つめている。俺はニヤリと笑った。


「驚くのも無理ねえな。俺はこのダンジョンを攻略して英雄になる男だ。お前ら、一緒に行くか?」


 ユキが「……すごいね」と小さく呟き、アミが「初めてだよ」と目を輝かせ、リカが「頼りになる」と頷く。この反応、俺の雰囲気に圧倒されてるんだろう。彼女たちはこのダンジョンに迷い込んだ冒険者か何かだろう。俺が導いてやるべきだ。通路の奥を指さし、俺は宣言した。


「行くぞ! あそこの『魔神の祭壇』に敵が潜んでるはずだ。俺の力、見せてやる!」


 彼女たちが一瞬顔を見合わせた気がしたが、すぐに俺の後ろに並んだ。ユキの足音が軽く、アミが少し躊躇いがちに、リカが静かに続く。このダンジョンは俺の舞台だ。英雄への第一歩が今、始まる。熱風がさらに強まり、俺の服をバタつかせ、汗が首筋から背中に流れ落ちる。彼女たちの息遣いが背後で聞こえ、俺はさらに気合を入れた。




 閉じ込められた空間で熱と煙が立ち込め、時間の感覚が曖昧になってきた。どれくらい経ったのか、頭が重くて分からない。汗が額から滴り落ち、目に入ってチリチリする。喉がカラカラで、息をするたびに熱い空気が肺を圧迫する。煙の匂いが喉を締め付け、鉄壁の冷たさが掌に刺さる感覚が唯一の現実感だ。


 俺たちは鍛冶場のような場所に進んだ。赤い炎が祭壇から噴き上がり、金属が軋む音が耳をつんざく。熱風が肌を焦がし、彼女たちは俺の後ろで息を荒げ、疲労が顔に滲んでいる。ユキの髪は汗で顔に張り付き、彼女の目が少し揺れている。アミの目はうつろで、肩が重そうに下がっている。リカの表情は硬く、唇がわずかに引き結ばれている。


「ここが最初の試練だ。俺の力を見せてやる!」


 両手を広げて叫んだ瞬間、祭壇から熱波が轟音とともに吹き出し、俺は後ろに吹き飛ばされた。壁に背中を打ちつけ、「うっ!」と息が詰まる。服が焦げてチリチリと音を立て、熱が布越しに肌を焼く。立ち上がると、頭がクラクラするが、気合を入れ直した。祭壇の近くに落ちていた鉄棒を手に持つと、それが熱で赤く光っていて、「うわっ!」と叫んで放り投げた。鉄棒が祭壇の側面に当たって跳ね返り、金属が軋む音を立てて動き始めた。祭壇の炎が一瞬高く噴き上がり、熱風がさらに強くなる。


「タケシさん、大丈夫? でも…何!?」


 ユキが困惑した声で近づいてくる。アミが「もうやめてよ! びっくりするだけだよ!」と叫び、リカが「頼りになるって言ったけど、訂正するよ」と低い声で言う。彼女たちの視線は、序盤の好意から完全に冷めたものに変わっていた。後ろから付いてくるだけの癖に文句ばかりだ。


「お前ら、俺が英雄になる瞬間を見逃す気か?」


 だが、彼女たちの表情は疲れと苛立ちに満ちていた。アミが「タケシさん、もう危なすぎるよ…」と呟き、ユキが「強いけど…危なっかしいよね」と曖昧に笑い、リカが「すぎるよ」と吐き捨てる。空気が重く、俺への信頼が薄れているのが分かる。彼女たちの声には、疲労感と苛立ちが混じり、俺を見つめる目には冷たさが滲んでいる。


 さらに進むと、祭壇から火花が鋭い音を立てて散った。祭壇が揺れ、金属が軋む音が響き、炎が一瞬高く噴き上がる。俺は叫んだ。


「これを倒す! 魔神の罠だ!」


 祭壇に突っ込んで殴りかかろうとしたが、熱風が唸りを上げ、アミが「危ない!」と叫んで後退する。俺が「俺が守る! 俺の臣下になれ!」と叫んで熱風に手を振ったが、彼女たちはさらに距離を取った。祭壇の周囲が熱で揺らぎ、俺の視界が歪む。彼女たちの声が遠く感じられる。ユキが「タケシさん、もう…」と呟き、アミが「何!?」と叫び、リカが「やめて」と低い声で言う。俺は祭壇を睨みつけた。


「敵が俺を試してるんだ! 俺が英雄になる瞬間だ!」


 だが、彼女たちの視線は冷たく、俺への信頼は完全に失われているようだった。俺はさらに祭壇に近づき、熱風に耐えながら叫んだ。


「これで終わりだ!」


 祭壇の側面に拳を叩きつけると、金属が軋む音がさらに大きくなり、火花が飛び散った。彼女たちが後退する中、俺は祭壇を睨みつけた。



 熱と煙で意識がぼやける中、外から遠くの咆哮のような音が響き、壁を震わせた。それは狼の遠吠えのように重く、断続的に響き渡り、鉄壁を震わせて耳に届く。俺は「敵の本隊が近づいてきた」と叫び、祭壇に向かって突進した。


「ついに本気を出す時が来たか! 俺が倒してやる!」


 祭壇の突起に手を伸ばし、レバーを引いた。地響きのような音が響き、祭壇の炎が異常に高く噴き上がる。祭壇が揺れ、金属が軋み、崩れ始め、熱風が渦を巻いて吹き荒れた。ユキが「タケシさん、やめて!」と叫んだが、俺はさらにレバーを押し込んだ。


「これで終わりだ!」


 祭壇から火花が飛び散り、金属が悲鳴のような音を上げて崩壊し始めた。彼女たちは後退し、タケシが焦る一方で、ユキが「…この音」と呟き、アミが「助かるかも」と小さく笑い、リカが「やっとか」と安堵の表情を見せる。だが、俺は「決戦だ!」と叫んで祭壇に突っ込んだ。熱と煙で視界が奪われ、意識が遠のく。外からの咆哮が、まるで敵の嘲笑のように聞こえた。そして、そのまま俺の意識は途切れた。


ニュース速報

2025年3月10日 鉄工所閉じ込め事件 速報


本日未明、老朽化した鉄工所でシャッター故障が発生。作業員の男性(38歳)と工場見学中の女子高生3人が閉じ込められた。過労と熱中症による意識障害で男性は異常行動が目立っており、閉じ込めから約12時間後、消防隊が到着し、シャッターを切断中に男性が事故で命を落としたとみられる。事故の詳細は調査中。女子高生3人は消防隊に救出され、無事だった。

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