真犯人
「被害者は結婚間近の若い女性で、名前はベス。職場の評判も良く、家族を支えていたのは彼女だったそうだ。働き手を失った家族と愛する婚約者を失った男の恨みは深い」
「存じています」
「それも占いで見たのか?」
「いえ、実際に見ました」
私、そのベスさんのご家族その他ご近所の皆様に燃やされそうになったもので……とベールの中で呟けば、判事は大笑いした。
断じて笑いごとでは無い。
「なに和気あいあいとされているんですか。ほら、発見現場に到着しましたよ」
文官のザイス様は嫌々という顔を隠しもせず、てきぱきと判事(悪魔)と死刑囚(私)を引率する。異様な組み合わせだ。
「ここは労働者が多い地域の外れですね。職にあぶれた浮浪者も集まっていて、警らから上がって来る資料では暴力による器物破損、強姦、空き巣……問題発生には事欠かない地区のようですね」
「仮にセーラが犯人では無いとすれば、強盗か、強姦目的か」
なんということでしょう。
なんの変哲もないただの暗い道が、危険な戦地に見えてくるわ。
先日、私がベスさんと立っていた路地裏はココらしい。
そんな場所に自称通行人の女がいれば、確かに怪しいのも納得です。
「記録では、現場に凶器となったものは残っていませんでした。そして、占い師殿も所持していなかったとあります」
文官が記録を読み上げる横で、うんうんと頷いた。そうでしょうとも。
「ですが。先日の怪奇現象によって、凶器の調達・隠ぺいは容易だったと考えられます」
「ザイス様、まだわたくしを疑っていますね?早期解決は褒賞と関係ございませんよ」
文官ザイスはキリッとした顔をしているが、間違いなく彼の目は報奨金しか見ていない。
彼は判事と違って頭が固いようで、私と判事の暇つぶし提案にゴネにゴネていた。
『平民の揉め事の調査等は警ら隊の仕事で、我々の仕事は上って来た訴状や書類から法令に則り判決を下すことです!職務範囲外です!』とのことだった。
そこで、判事はザイス文官に訴状と証拠の裏付けを命じた。
裁判所が根拠とする訴状や証拠書類の粗や隠し事を見つけたら特別報酬だ、と言われた文官はコロリと意見を翻した。
そうなれば時間が惜しいと手のひらを曲芸師のようにくるりくるりと回したザイス文官は、判事と私を引きずる勢いだった。
しかも、期限は三日という話だったのに監視役の二人の仕事の都合上、調査に一日しか当てられないとのことだった。詐欺ではないでしょうか。
血がついたベールを洗う時間さえ無く、なんだか落ち着かない。暗い色なのでわからないかもしれないが、血液をかぶって歩くだなんて怪しさ得点加算である。
ため息交じりにベールをつまむ。
このベールは私にとってお守りだ。
故郷では白い髪と生気のない表情が幽霊のようだと恐れられ、人の目から容姿を隠すために、余計なものを見ないようにするために。
それがまさか、このお守りのせいで魔女と呼ばれるとは。災難である。
本当に災難なのは彼女の方なのですが……。
「彼女は頭に傷を負っています。後ろから襲われたようですね」
ザイス文官の説明に注釈するように呟けば、疑わしいと怪しむ眼がこちらをギロリと見た。
「……と、占いに出ています」
「随分と便利なんですねぇ占いって。やはり犯人にしか知り得ない情報を持っているだなんて怪しいですよ」
「占い結果をお伝えしているだけです」
やや判事の影に隠れながらザイス文官に言い返せば、ムムムと睨まれた。
こちらだって負けてはいられない。出来るだけ厳めしい顔を作って睨み返してみる。
判事の影から。
「衣服に乱れ無し。当日は給与日で、荷物には全額残っていた、と」
「つまり犯人が女性で、これから金銭を強奪しようというところで発見されたということですね!」
「わたくしが来た時には、彼女はこと切れていました」
「どうして息が無いことがわかったんでしょうか?それはトドメをさした人間ならわかるという自白ですか?」
「見ればわかったのです」
ぐぬぬぬと文官と睨みあっていると、判事が文官の資料を取り上げた。
「わかった、二人とも。落ち着け。強盗や乱暴目的でない場合の殺人は、だいたい身内の犯行だ」
身内。
火あぶりの最中、一番怒りを前面に出していた若い男性を思い出す。
あの男が恐らく婚約者だろう。
そして、その隣にはベス嬢と似た背格好の若い女性と小さな男の子たちがいた。
あれが妹弟。
その横、力が抜けたように座り込む老年の男性は父親か。
喪失を受け入れたくないという怒りに染まった慟哭。
深い悲しみの問いかけが、頭の中で再演される。
「──被害者と婚約者の新居はこの近くのようだな」
判事がパシンと資料を指で弾く。
「そして、婚約者だった男は数日前に役所にベス嬢の埋葬届を提出している。同行者は女性で、かなり親密に見えたとある」
それは、つまり。
「平民のことなのにやけに詳しいですね?」
「親族の代理として婚約者の埋葬届を出しに来た男が、若い女性と腕を組んでやってきたら目立つだろうな」
書類の備考欄には走り書きのようなメモで、婚約者が親族の代理であることを記載している。その中に、同行者についても丁寧に詳細に、かつ推測まで書かれていた。
醜聞好きな雀がご丁寧に同行者の様子まで記入して楽しんだのだろう、と判事は言った。
「さて。被害者は給与を持って自宅では無く、婚約者が待つ新居へ向かったようだ。哀れな娘はそこで何かを見たのかな」
嫌な想像と予感にそっとベールの中で冷や汗をかく。
「浮気現場を見られ、つい衝動的に手を出したということでしょうか」
ザイス文官はつまらなそうに判事の資料を奪い返した。
「よそ者を犯人として差し出し事件は解決扱いとなり、元婚約者は日影に置いていた女性と太陽の下大手を振って役所へ出向いたと。なんともまあ短絡的ですね」
この情報だけ聞けば、犯人は元婚約者だと考えるのは当然だ。
でも。
むむむと考えるように視線を上げた私の顔を、判事が覗いてくる。
「セーラはどう思う?」
……そんなに期待した顔をされても困ります。
「恐らく。婚約者の方は犯人では無い、と思います」
「それも占いで見えたか?」
「ええ、ハッキリと見えました」
判事の誘うような、毒を含んだ視線を見返してきっぱりと返事をした。
私にはわかるのだ。あの元婚約者はベス嬢を殺していない。
「逆張りすればいいってもんじゃないんですがね」
と、ぼやくザイス文官の引率の元。我々一行は、現場から10分程度歩いた場所にあるベス嬢と婚約者の新居に足を向けた。
そして新居から出てくる元婚約者と、その腕に絡まるように立つベス嬢の妹の姿を目撃することとなる。