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「では、まず占い師殿の名前と出身地は」

「名前はセーラ、と申します。出身は国境近くの小さな村です」


判事はボロボロになってしまった椅子には座れず、やむなく文官の椅子を私の目の前に置くことにしたようだ。安全圏を奪われた文官は怯えた顔で立っている。怯えたいのはこちらです。


私はこの裁判所にて、死刑判決を言い渡されるまでの話をかいつまんで説明した。


「──話を要約すると、通りすがりこの町に寄った当日に警らに捕らわれ、殺人の濡れ衣を着せられ、石打ちの刑に合うも無罪になり、魔女ということでここに来たと」


そう言った文官は、記録をとる様子が無い。仕事道具であるペンを置いているではないか。

どうか目の前のペンをしっかりと握りしめて、紙を突き破る勢いで『濡れ衣』だと書いてください。大きく書かれたそれを掲げて裁判所を駆け出ますので。


「ええ。わたくしは通りすがりの無害な通行人です。正義の使徒である警らは事実を見誤り、無垢の民は真実を知らないままなのです」


判事と文官の心に訴えかけるように胸の前で握った手に力が籠る。


心が痛む話です。そんなことがあっていいはずがないわ。悪は正され、正義が平和と平穏をもたらすのだと学びました。


「それはなんとも……」

「不自然だな」


眉を寄せた文官とは対照的に、判事はつまらなそうに腕を組んだ。


「まず、どうやってこの町に入った?よく門番に止められなかったな」

「そ、それはその、占い師なので……運よく……」


ギクッと反応しそうになったが、耐える。


「国境からこの街まで女一人旅だったのか?」

「ええ、まあ、ひとりと言えばひとりですわ。占い師なので」


耐える。


「……セーラは全てをつまびらかにする気はあるのか?」


ん?と貼り付けた笑みを浮かべる判事は確実に苛ついている様子だ。


だ、だって本当のことですもの!


「しかもこちらの資料には、君は死体と一緒にいるところを発見されたとある。まさに犯行現場だ。これで濡れ衣は無理があると思わないか」

「死体と一緒にと言われても、わたくしは呼ばれただけで……」

「ふむ。通りすがりの無害な占い師は、一体誰に街道から外れた道に”呼ばれた”んだ?」


ひい!


「う、占いで、そういう相が出たのです……!」

「死体発見の相が出た、と」


ほーう、と判事は一言呟き笑っている。完全におもしろがっている。

獲物の退路を一つ一つ潰して、右往左往する様子を愉しんでいるのだ。悪趣味極まりない。


「セーラが居合わせただけならば、殺したのは誰だ。占ってみてくれ」

「そ、そんなに都合の良いものではないのですっ」


無茶を言わないでほしい、と文官に助けを求めたが相変わらず筆記用具を置いて腕を組んでいる。もう仕事の放棄では???


「そうか。なら、セーラは死刑だな。以上」


判事はニコリと笑顔で言い切った。


「えっ、エッ!? で、ですから犯人はわたくしでは無いのです。つまり真犯人を探しに行かなければならないですよね?」

「犯人はわからないんだろう?遺族はお前という犯人を見つけて恨みの矛先が出来た。それで万事解決だ」


えっと。何をおっしゃっているのでしょうか。こちらの判事様は。


視線を目の前の悪魔のような判事と、横に立つ職務放棄の文官を行ったり来たりさせるが味方はいないようだ。


「全く解決しておりません!真犯人が見つからなければ危険です!」

「まだ新たな被害者は出ていないようだが?」


訂正します。悪魔のような、ではなく。悪魔でした。

新たな被害者が出るということは、被害者が増えるということですよね?え?なぞかけでしょうか???


つい、信じられないものを見るような視線を向けてしまうが、判事は揺らがない。

あたかも、その視線が当然だと言っているようで。


ごくり、と喉が鳴った。

ドクドクと激しく動く血管に合わせて、ズキズキと傷の痛みが強くなった。


「……何より、このままでは被害者の彼女はうかばれません」

「死人の無念なぞ、どうでもいい」


目の前の男は億劫そうに首を回した。

まるで些細な、他人の噂話を聞かされた程度の表情だ。


「そ、そんな。真実がどうでもいいだなんて、この国の法の番人はどうなっているの」

「死んだら終わりだ。法は生きる人間のためにある」


判事の瞳は笑っていない。退屈そうで、空虚だ。


「……ただの狂言女だったようだな。暇つぶしにもならん」


もうこちらの話に興味を失ったのか、立ち上がり襟を広げ始めた。


どうしましょう。

私は死ぬようです。


遅かれ早かれ人は死ぬのですから、それは良いのです。

判事のいう『どうでもよい世界』の仲間入りです。


でも、私は知っているのです。

そのどうでも良い世界が、”死んだら終わり”ではないことを。


ズキズキと響く痛みが、まだ自分の命は終わっていないことを教えてくれているような気がします。


そう、まだ終わっていないのです。


「──お待ちください。死刑執行は三日後だと、先ほどおっしゃいましたね」


判事はピタリと足を止めた。


「あぁ、そうだ。だが命乞いは歓迎するが、俺は女には不自由していないんだ」


もう判事はこちらを見ようともしない。


「判事の期待する”命乞い”で無くて申し訳ないのですが」


これはどうでしょう。


「その猶予の三日以内に本件を円満解決してみせます。それは暇つぶしによいのではなくて?」


判事の紅い瞳がスイと流され、私を射貫いた。

鋭い目は挑戦的に細められている。


「円満解決だと?」

「ええ。わたくし、占い師なので。解決の相が見えています」


シン、と部屋に沈黙が落ちる。

いや怪しすぎますよね?と一番先に口を開いたのは文官だ。


「だいたい刑執行までの猶予は、出歩いて良い猶予では無い!」

「む、無害な通行人を不十分な捜査と証拠で処刑するのですから、三日ぐらい良いではありませんかっ」

「いったいこの部屋の惨事を見て、どうしたら無害と判断出来るというんですか?え?目を逸らすんじゃありませんよ!」


必死に文官に反論していると、判事が静かに口端を上げた。


「円満解決しようがしまいが、お前の死刑は変わらないと言ってもか?」

「ええ。かまいません」


疑うような、試すような紅の瞳をじっと見返す。


「一体なぜ無駄なことをする?」


判事は心底不思議そうだ。

人間とは出来るだけ楽をしたい生き物であり、結果が変わらないなら動く必要が無いと言う。


私から見れば、判事こそ無駄を嫌いだと言いながらこうして私のお話を聞いてくださっているのだから不思議である。


部下は苦労するわね、と文官に同情の視線を送る。


「どうせ死ぬのですから、死後の安寧を整えるのは当たり前です」


死後の世界で被害者の方に恨まれるのは困りますからね。と、しみじみ言うと判事は形の良い眉を寄せた。


「理解できん」

「それはそうでしょうね。”皆、そう言う”ので」


裁判中の判事の言葉を真似すれば、一拍置いて笑い声が聞こえてきた。

何がツボをおさえたのか、判事は腹を抱えて目に涙まで滲んでいる。


わ、わたくし、実は人を愉しませる才能を持っていたのかしら……?


はわッと口をおさえて感激してしまうが、文官は怯えた声で判事が笑った……と呟いていた。何をそんな不吉な前兆のように、と文官の方に顔を向けようとしたが視界の端に大きな手が近づいた。


その手はムニッと頬をつねり上げる、少年のような笑顔の判事だった。

い、痛い。怖い。ひぇえ。


「ずいぶんと生意気なことを言うじゃないか」

「ごめんなひゃい!」


何も悪いことはしていないが、咄嗟に謝ってしまった。乱暴されているのは私なのに。


「おもしろい。お手並み拝見といこう」


伸ばされてしまった頬を押し戻そうと抑えていると、判事は弾む声で言った。

どうやら、暇つぶしの提案は採用されたようだ。


もちろん「私は嫌ですよ!」という文官の嘆きは無視された。


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