死刑宣告
なんということでしょう。
私は魔女でした。初耳だわ。
しかも、あと三日で死ぬそうです。いくらなんでも早すぎます。
いえ、慌てるのはまだ早いわ。
きっとわかってもらえるはずです。心と心が通じれば、きっと。
「わ、わたくし人を殺めたことなどございません……怖いことは苦手なのです……!」
「ここに来る者は皆そう言うんだ」
「そんなっ」
私を見下ろす男を見上げれば、目を疑うほど美麗な男性と目があった。
闇夜のような黒髪に、いつか見た宗教画のように正しい位置に配置された紅い瞳の男は、私のポカンとした表情を見て軽薄そうに笑った。
まるで吟遊詩人が歌う王子様のような男性が現れた。
本当にこのような人間がいるのだと驚いたことを、その人に笑われたような気がしてカァと恥ずかしくなる。
「だ、だいたい兵のお話しか聞いていないのはおかしいです。わたくしにも言い分がございます。全ての真実をつまびらかにして、公平に沙汰を下すのが裁判ではなくて?」
恥ずかしさを誤魔化すように言い募れば、判事は「ほう?」と片眉を上げて、気だるそうに頬杖をついた。
「ずいぶんおかしいことを言う。さすが魔女……占い師だったか」
「判事、近すぎますよ!離れてください」
「そ、そうです!わたくしは占い師でございます」
文官の男は先ほどから口は出すが、本気で止めようとは思っていないのか自席から出てこない。というか記録用の紙を盾にしてこちらを覗いている。
とにかく身に覚えのないことで死刑が言い渡されるなんて、と前に向き直れば。
私の目には驚きの光景が見えていた。
「なんだ、早速占いか?」
まじまじと目の前にいる男の顔を見れば、形の良い眉がクイッと上がった。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
私が驚いたのは、この紅い瞳だった。
思わず片手を上げようとして縛られていたことを思い出し、両手を持ち上げる。
「誰が触れて良いと言った。こうして判事を誘惑すれば死罪を免れられると思ったか」
「この瞳……朝焼けの瞳ね」
ピタリと判事の動きが止まる。
そのまま指の背で判事の目尻を撫で、その珍しい紅の瞳を見つめた。
赤い瞳は珍しいものの国によっては多くいる。問題はその色の深さだ。
「赤い瞳ということは北の国のご出身なの?わたくしの乳母がそちらの出身で──」
どこか懐かしさを覚える瞳を見つめながら流れるうわ言のような言葉が止まる。
私の喉を、大きな手が掴み上げたからだ。
くは、と息が漏れる。
「やはりお前はあの時の魔女だろう」
「……っ、あの、時……?」
「やっと会えたな。あの時の復讐が出来るなんて嬉しいよ」
軽薄そうに笑う表情とは裏腹に、瞳の中が怒りで煮えていた。
この暴挙に文官はオロオロとしているが、決して止めようとはしない。
急に持ち上げられたものだから、膝も浮いて上手く立ち上がれない。
あの時とはどのときなのか全く身に覚えが無い。
だって判事とは初対面で、私がこの国に来たのも初めてだ。
復讐も何も、そもそも犯人でも魔女でもない、ただの通行人なのですが!?
「は、はじめましてですっ────!?」
そう苦しくも反論したと同時だった。
判事席の背後にある大きな窓が派手に割れたのは。
派手な音と同時に、喉を掴まれていた手が緩んだ。
「……これもお前の力か」
「わ、わたくしではございません!」
「ひぇ……窓が粉々ですよ……誰が弁償するんでしょうか」
また新しく濡れ衣を着せられたわ。解せない。何が起きたのかまだ見えていないというのに。
落ち着く間も無く次は、割れた窓ガラスの破片がドスンと判事の椅子に刺さった。
もちろん誰も触れていないのに、だ。
次いで、判事の机に別のガラス片が刺さる。
そして床。
それを判事は静かに見据えている。
事務官はひとつひとつに「ひぇ備品の椅子が!」だの「うわぁ!床材が!」だの騒がしい。目の前の減少に驚いているというよりも、被害の弁償額の計算に忙しそうだ。
そして、ひときわ大きいガラス片が空中に浮かび、キキキと狙いを定めた。
鋭い先はこちらを剥いている。
「魔女ッやめてくれ悪かった!これ以上壊さないでくれぇ!」
事務官は叫ぶ。
「ですから!わたくしはただの通りすがりの占い師なんですぅうう!!」
私の叫び声は、獲物を狙う切っ先が判事に向かって飛ぶのと同時だった。
無意識だった。ガラス片が狙う先、判事の身体に体当たりをした。
ダンッと私の後ろに位置する扉に刺さり、わずかに首を傾げる判事の耳からポタリと血が流れ落ちる。
「「ひいいいい!!」」
この叫び声は事務官と私だ。
「あば、あばばばば血がッ血が……!」
震える手をなんとか動かし私のベールで傷をおさえる。耳がちぎれていたら怖すぎるので、全力で本体から離れないようにしなければならない。ぜったいにだ。ひいいい!
キョトンとした顔の判事は、耳に関心が薄いのかされるがままだ。信じられない。一人に二つしか無い耳だというのに。
「お前の首も切れているぞ」
「わたくしの首は遅かれ早かれ離れます。それよりもあなたの耳はちぎれていませんか?あ、いや、見せないでください」
大したことない、と判事はベールの反対側の端を私の首に当てた。
「……はぁ。だから、誰が勝手に触って良いと言った?」
「アッ」
言われてはたと気付く。
そういえば、先ほど首を絞められたばかりでした。
「お前、学習能力が無いのか?」
「きょ、今日の運勢は人助けが吉だったもので。思し召しですわ」
死刑を宣告されても人助けか、なんて判事が呆れたようにぼやいたが二の句は続かない。
ギギギギと音を立てたのは、背後の扉に刺さっていたはずのガラス片が動いたからだ。
上に下にとガラス片は動いていき、扉にはひっかき傷が残った。
それはまるで、死人が地獄から這い上がろうとする爪痕のようで。
「「ひぃいいいいい!!!」」
思わず出てしまった悲鳴が、また文官と共鳴した。
こちらの悲鳴が耳障りだったのか、ピタリとガラス片は動かなくなった。
「だから……あぁ、もういい。探していた人物はこんな間抜けじゃない。人違いのようだな」
はわ、はわ、と思わず目の前の判事にしがみついていたようで、頭上から降って来る不機嫌な声に油の切れた玩具のように視線を戻した。
「さて占い師殿、思し召しもあったことだし裁判の続きを行おう。”全ての真実をつまびらかにして公平に沙汰を下すのが裁判”なんだろう?」
そうほほ笑む判事の笑顔は宗教画のように整っている。ただし、それは人を惑わす悪魔の方だ。
まさに前門の虎、前門の狼である。