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3


小柄な女性が街の警ら隊によって、判事の前に引き出された。


頭から被っている古びたベールの端から、白い髪が零れ落ちる。

それだけ見れば老婆のようにも見えるが、縛られた手は若い女性のものだった。


準備が整うのを待ち、裁判は始まった。


今回の罪状は【殺人】だ。

この街では平民同士の殺人罪は遺族による石打ちによって裁かれる。

生き残ったら無罪。死んだら有罪という単純明快なものだ。


資産がある豪商などはその限りでは無く、こうした裁判によって私刑を免れようとする場合があり、平民の諍いが裁判になることもあるにはある。


だが、今回連れてこられた女性はそういった類では無いことは明らかだ。


こうして彼女が裁判所に連れられてこられたのは、【魔女】の疑いが浮上したからに他ならない。


平民では手に余る、ということだろう。


「────石打ちが、出来なかったと」

「はい。気味が悪いことに石を打とうにも、当たる手前で落ちるんですよ」


こう、ストンと。

魔女を連れてきた警らは身振り手振りで、どれだけ困っているのかをわめいている。だが、基本情報はこちらの訴状に記載されている。逆を言えば、訴状に記載の無い部分をいくら喚かれても雑音にしかならないということだ。


識字率の低い平民では訴状を作るのは高い壁だろう。


だが、この裁判所はそういう場所なのだ。


私は視線を手元の訴状に落とし、今だ自分たちの苦労話を大声で捲し立てる警らたちを視界から外した。


「ほう」


その判事の一言で、警らたちはピタリと口を閉じた。

まだ年若い彼が判事という役職に着くことに疑問を抱く者は多かったが、この判事室を制するという点において彼は適役だろう。


言葉を待つ私たちの視線を受けた判事は、うっすら笑いながら何かを投げた。

文官である私には見えなかった。

が、次の瞬間には右側からビィンと音が響き、皆の視線が魔女の足元に集まる。


魔女の足元で、ひれ伏すように震えるのは小ぶりな剣だ。


ひいいい!と叫んだのは、魔女の両脇にいた街の警ら隊だ。

魔女は、自分に刃が届かないことを知っていたかのように驚いた様子を見せない。


「……確かに、落ちるようだな」

「何が確かに、ですか?もし刺さっていたら大惨事でしたよね?判決の前に死刑にする判事がどこにいます?」


ザイスは固いな、と肩をすくませた。

柔らかさの問題ではないと思います。


「手間が省けるだろう。石打ちで生き残ったら無罪だが、魔女は死罪だ」


魔女の指先がピクリと動く。


「──わたくしは、ただの占い師でございます」


細く、消えそうな声だった。

警ら達は聞こえなかったのか無反応なのが、なんだか不気味だ。

こういう占いだとか、まじないだとかは苦手なタチなのだ。勘弁願いたい。


「よし、騎士に交代するので警らは戻れ。ご苦労」

「ですが、旦那……噂では……」


警らは魔女と判事をキョロキョロと見て、私を見た。


何かを求めているような視線な気がする。きっと『この判事は大丈夫ですか?』『文官殿、かわいそう~!』とかなんとか言っている気がする。


わかってくれるか。見ての通り、全く大丈夫ではない。


「あぁ忘れていた。これだろう?あの噂を信じて魔女を連れてきた者は君らが初めてだ」


判事は良い笑顔で懐から袋を取り出し、中からコインをじゃらりと投げた。

広がる金貨に思わず立ち上がりそうになったが、なけなしの矜持でぐっと堪えた。


警らは魔女を戒めていた縄から手を放すどころか突き飛ばし、散らばる金貨を這いつくばり拾い始めた。その金貨に群がる様子は餓鬼のようだ。金貨は欲しいが、こうはなりたくない。


金貨を拾った警らたちは、魔女のことなぞ忘れたかのように笑顔で退席していった。


「……って、ちょっと待ってください!なんですか噂って!」

「聞いたことないか?裁判所に魔女を連れてきた者に報酬を出すという噂話」


判事の言葉に、そういえばと思い出せば数年前から魔女を捕らえたものには報酬があるという出所不明な噂があった。


当時は変な噂だと気にも留めなかった。


まず自分たちの社会ルールで生きる平民は、富豪や貴族のための裁判所にはたどり着かない。

そして、その貴族たちでさえも自分たちの家門から魔女を出すわけにはいかないため、名乗り出ることはありえない。先回りして自分たちで処理した方が良いからだ。


以上の理由から、耳にした時はなんて酔狂なと思ったものだ。


「……まさか」

「まさか本当に現れるとはな」


警ら隊に用済みだとばかりに捨て置かれ、ポツンと残された魔女はぼんやりと伏したままだ。


「──さて、魔女殿。聞きたいことがある。人探しは得意か?」


文官席に座っていた私からはばっちりと見えたが、判事はいっそう色気のある顔で笑っている。魔女まで取り込み使おうとするなんて、まるで悪魔のようだ。そう思うのに、なぜか口を挟めなかった。


魔女は伏したまま、まだ動かない。


「おい、聞いているのか」


焦れた判事はおもむろに魔女に近づくと、ベールをぐいっとはぎ取った。


俯いていた魔女はベールをはぎ取られたことに遅れて気付いたかのように、ゆっくりと顔を上げた。


身体のほとんどを覆うベールから覗く手や指先から若い女性だろうとは思っていたが、予想以上の美しさに息をのんだのはどちらだったか。


今にも消えてしまいそうな雪のように白い肌に、髪と同じ睫毛がゆるりと持ち上がる。その中には凍えそうなほど冷たく輝くアイスブルーの瞳がいた。


判事をゆっくりと見定めた魔女は、その薄く色づく唇を震わせ


「ひ、人違いです!」


と叫んだ。



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