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「わたくしを呼んだのは、彼女です」
私はザイス文官の方に視線を流した。
判事は片眉を上げただけで視線を向けない。そこには文官しかいないからだ。
ザイス文官は名探偵に見つかった真犯人かのようにギクリとした顔をしているが、私が見ているのは隣に佇む赤毛の女性だ。
彼女こそ、本件の被害者であるベス嬢である。
ベス嬢が私を街道から離れた、地元住民御用達の路地に呼んだのだ。
「ここにいらっしゃるんですか!?亡くなった被害者の方が!?」
「騒ぐな。つまり、セーラは幽霊になった被害者の話を聞きながら誘導していたと。おもしろい」
おもしろいと言われて、どきりと鼓動が速くなる。
幽霊の話をして受け入れられたのは初めてだったから。ほっと、ふるえる息が無意識の中で落ちた。
「いえ、幽霊たちは話しません。なのでいつも身振り手振りで教えてくださるのですが、彼女自身も自分が亡くなったのかわかっていない様子でした」
彼女はおっとりとした様子で頬に手をあて、困ったわというような表情でほほ笑んでいる。
今日はベス嬢をとりまく色々話を聞いて回ったが、ほわほわした彼女の様子からは想像できないほどの境遇だった。
「話さないのか。不便だな」
「ちょっと判事、この戯言を信じるんですか?!」
妄想か騙りかもしれませんよ、とザイス文官は疑いの目を緩めない。
「それで、被害者の見立てでは犯人は誰なんだ?」
「恐らく……犯人は彼女自身かと思われます」
なので、犯人という言い方は違うかもしれません。
「どうやら、仕事中に足を滑らせ頭を打ったようです。そして、帰宅している途中で行き倒れたようですね」
ベス嬢はコクリと頷き、恥ずかしそうに顔を覆った。
「しかし、血痕が隠されるように荷が組みなおされているようだ。頭を打った後に隠ぺいした人物……彼女の同僚たちが虚偽の報告をしたということにならないか?」
「……いいえ、彼女が隠したようです」
「なぜだ?」
「ここからは本日の調査でわかったことをつなぎ合わせた私の憶測ですが、彼女は働き口を無くすわけにいかなかったからだと思われます」
厳しい立場に立たされる工場を見て、家族を支える彼女も必死に働いていた。
朝から晩まで働き、満足に休めなかった彼女は森の中で荷物に頭を打ち付けてしまう。
荷物を汚したとばれてしまえば、給金が減るか最悪クビだ。
彼女は咄嗟に血痕を隠すことにした。
頭の打ち所が悪く吐き気が止まらない彼女は、帰宅途中で息絶えた。
彼女の心残りは、残す家族とへそくりだった。
だって、荷を隠した森が暴かれれば調査が入る。平民の墓まで掘り返されないとは言い切れない。
ここまで黙って聞いていた判事は、なるほどと頷いた。
「そして、心残りに理解を示す人間を見つけたのに、犯人として捕まって死刑になりそうだったと」
ベス嬢が立っている場所をちらりと見た判事は、今度は呆れたようにジロリと私を睨んだ。
「やはりお前、馬鹿だろう」
「と、とっても、とっても必死に呼ぶものですから……心配になり」
「まあ、いい。それで、サーラは本件をどう解決するんだ?」
言っただろう、円満解決すると。
判事はおもしろがるように片眉を上げた。
「今回の調査でわかった工場の不正を正せば、工房は破産。商会も大打撃ですね。王室へ納品する品が用意できないとなれば死罪が妥当。これらに関わった者たちの恨みの対象となる被害者の家族も無事では済まないでしょう」
ザイス文官はスラスラと考えられる今後の展開を述べる。
「一気に死刑囚仲間が増えたな。これが死後の安寧に繋がるとは恐れ入る」
ぐっと言葉に詰まるが、判事はニヤリと悪い顔をしている。
それは全く円満ではない。崩壊だ。
これでいいわけがない。彼女の無念はまだ晴れていないのだから。
私の考えていることがわかるのか、判事はストンと表情を落とした。
「そして、法は生きている人間のためのものだ。そこは履き違えてはならない」
紅の瞳がそこが譲れない線引きだと通告する。
私だって全てベス嬢の希望通りに行くだなんて思っていない。
でも。
「──まだ、状況の整理が終わっただけです」
彼女の秘密に触れた手を強く握る。
「全ての真実をつまびらかにして、公平に沙汰を下すのが裁判。ですよね?」
いつも視界をせばめていたベールはいつの間にか背の後ろに落ちていた。
でもそんなことは今、全く意識の中には無かった。
判事の紅い瞳から視線を逸らさず、ぐいっと拳を前に出した。
「こ、ここから円満に解決いたしますわ。”三方良し”の大解決です」
少し声が上ずってしまったが、気合は十分だ。