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真相は闇の中


日が落ちた森の中は鳥の声や虫の音など、意外と賑やかである。

それなのにザクザクと枯れた葉や小枝を踏みしめる足音、荒い息遣いまで耳についた。


「今日も時間外手当つきますよね?まったく、もう暗くて何も見えませんよ」

「何があってもランタンを落とすなよ」


二人は暗い道をザクザクと進んでいるに、息も乱れていない。

この荒い息遣いは自分もものだったようだ。


「ひぃぃい!あああっちで何か動きましたよ!?」


ランタンが動けば、人影が一層大きくなった気がした。


「……あれはお前の影だ」

「驚かせるんじゃありませんよ!」

「わわわかってますが怖いものは怖いんです!」


「お前がここを調べると言ったんだろう。後ろにいてどうする。黒いベールをかぶっているのだから、暗闇だと同化して見えるぞ」


しっかり持っておけ、と判事の服の裾を掴んでいる手を握られた。

言われなくても離しませんよ!


こちらからすれば、こんなに不気味で暗い森の中をまるで昼間の舗装された道かのように突き進む判事の方が異常に見える。


やれやれと軽い調子の判事の服を両手で握り直し、置いて行かれまいとするしかない。

ついでにザイス文官も暗闇は苦手なのか、私のすぐ後ろを歩いている。もしかしたら盾にされているのかもしれない。


そんなこんなで我々は工房の裏手にある森林へと足をのばした。

ずいぶんと大忙しだった一日は夜になり、町で調達したランタン二つを持って勇ましく調査続行となった。


「……ここに何があるんですか?これで何も無かったら2つ3つ刑を重くしますよ」

「何かがあると思うのですけれど……」


ってそのどこの何かもわからない罪をちょうどよくまとめて消そうとしないでください。

文官は「占いで探し物が出来るなんて便利ですねぇーへぇー」と白々しい嫌味を言った。


「ザイス様は先ほどから口数が増えていらっしゃいますが、もしかして暗闇が怖いのですか?」

「一緒にしないでください」

「ふふふ」

「やめなさい」


そう思うととたんに可愛く思えてくるのだから不思議である。

逆に森へと入ってから口数が減った判事の様子が気になって、恐る恐る私の前を歩く背中へ声をかけた。


「判事様は、」

「……シオン、だ」


「はい?」


判事は振り返らない。

シオン、とは名前だろうか。判事の。


つまり、名前を呼べと言われているのだろうか?

言葉が少なすぎて、本当に呼んで良いものか戸惑ってしまう。


だって、私、死刑囚ですよ???


「……とにかく、判事はやめてくれ。今は業務時間外だ。それに、判事がこんなところをうろついていたと聞かれたらどうするんだ」

「つまり、時間外手当がつかないってことじゃないですか!労働局に通報しますよ!」

「じゃあ特別報酬の件も再考せねばならないな」

「なんだ夢か」


……特別報酬の方が割りが良かったのですね。


変に意識してしまった私をよそに、二人は私を飛び越して仲良さげにし始めた。


調査に当てられるのは今日しかないとはいえ、意外と付き合いの良い二人だ。

もしかして暇なんだろうか、と余計なことまで思考が飛んでいた頃合いだった。


ズンズンと前を歩く壁……では無く、判事がピタリと足を止めた。それに気付かず判事の背中にボスンと頭が当たる。


「いたぁ!」

「あぁ、あったな」


いえいえ、私は痛いと言いました!っと判事の影から前に視線を向けるが、暗闇が広がるばかりで何も見えない。もしかして判事の目には何か見えるんだろうか。


ひぃッと喉が締まると同時に判事はぐんぐん進んでいく。

そして判事はおもむろに胸元から剣を出して、何かに突き刺した。


「ひぇ!ご乱心ですか!?」

「安心しろ。探しものだ」


ひわッと肩をすくめると、後ろから追ってきたザイス文官のランタンが遅れて判事の剣が刺さるものを照らした。


「これは……工房に積みあがっていた在庫と同じ箱ですね」


ランタンが照らせる範囲より奥にもあるようで、もったいないとザイス文官は嘆いている。


「意外と手前にあったな。ぬるい仕事だ」


小物はやることが小さい、と判事はつまらなそうに言った。


「従業員は女性が多かったので、労働力不足でしょうね。貸倉庫を用意する金も、在庫を不正に隠し通す力も無い。経営者として下の下ですね」


ザイス文官も判事と同意見のようだ。

聞き間違いかもしれないが、二人とも罪を犯すことでは無く、簡単に暴かれるような罪しか犯せないことに憤ってます……?


私の非難めいた視線は黙殺された。


時間が惜しいとばかりにザイス文官と判事は荷を検分するのに忙しい様子で、ランタンの光は二人の手元に向いている。


ランタンが無いと一向に何も見えなかったが、視界に揺れる者が現れた。それを見て私はやっと判事の服の裾から手を放し、誘われるまま足を進めた。


どうやらそこに、私の探すものはあるらしい。


やはり光が無いとよく見えないなと思っていたら、背後からランタンを向けられた。


「占い師殿、そこから少し横にずれてください」


ザイス文官の指示にビクリと肩を揺らし、ほんの少しだけ横にずれた。


「……もっと横にずれてください。確認作業の邪魔はやめてください」


苛立った声色にベールの中では冷や汗が止まらない。

今度は反対側にずれたら、盛大にチッ!と舌を鳴らされた。なにそれ怖い!


カタカタと震えそうだが、ここで逃げるわけにはいかない。いかないのだ。

動物の威嚇行動のようにチッチッと舌を鳴らすザイス文官とムムムと睨みあっていると、今度は判事まで寄って来た。


「サーラはいったい何を隠しているのかな?」

「いえ、あの、ここではないなーと思いまして。別のところを見に行きましょう。時間がありません」


私の様子に勘が反応したのか、なるほど。と、判事はずんずん近づいてくる。

判事はベールの中を照らすほど近くにランタンを寄せた。


光は背後に隠す荷では無く、私を照らしている。


「は、判事、これはッ」

「シオン、だろう?言ってみろ」

「シ、シオン様……これは、違うのです」


判事の手がするりと腰に回される。なんだかその手つきは今までとは違って、なんだか胸騒ぎがする触れ方だった。


まるで抱きしめられているような近さに、今度は違う意味でヒュッと息が詰まる。


私を見下ろす判事の紅い瞳は闇の中で濃さを増しているのに、獲物を仕留める野生動物のように見えた。


「なんだ、構ってほしいのか?」


その瞳がどんどんと近づいてくる。


噛みつかれそう、そう思った。


「そ、そんなわけありません!!」

「じゃあどけ」


抵抗虚しく、私はそのままクルリと持ち上げられ移動した。トスンと下された場所で今度はザイス文官に肩をつかまれ、くるりともっと後ろへ移された。


二人の視線は私が立っていた場所へ向いている。


なななな……ッ!?


恥ずかしいような居たたまれないような心地でベールを深く引っ張り出し、頭を抱える私をよそに二人は神妙な顔で呟いた。


「……これは、血痕ですね」


え?とランタンが照らす先を見れば、荷の角に黒いシミが付着していた。これは黒いが血の跡、なのだろうか。


首を傾げるが、判事は鋭い視線を私に流した。


「なぜこの血痕を隠した?」

「えっと、彼女はそれを隠したかったと占いで、出まして……」


もごもごと言えば、判事は「占い、占いねぇ……」と身体をこちらに向けた。

正面から見た判事の顔はなんだか怒っているように見えた。


「──そろそろお前の隠し事も話したらどうだ」


裁判所で会ってからの短い間しか、判事のことは知らない。だが、この表情は私の首を締めた時の表情と同じように見えた。


もう誤魔化してはいけないと耳の奥で警報が鳴る。


元より、もうすぐ死ぬ運命だ。

黙っておく必要は無い。もう自分を守る必要は無いのだから。


久しぶりの告白に唇が揺れる。


「……えっと、それが、信じてもらえないかもしれないのですが……わたくし実は──」


ひとつひとつ諦めるように、隠していたことを口にしようとした瞬間だった。


びゅんとベールが後ろに引かれ、首にひっかかったまま後ろへ後ろへと強い力で引きずられていくではないか。


ぐ、ぐるじい!!


「待て!逃げるな!!」


逃げてません!ベールが勝手に私を引っ張っているんです!!


「くそ!」


月明かりに、またあの剣が光った。

投げる気だ。あの悪魔は私に剣を投げる気だ!!ひぃいいい!!


ヒュンと風を切る剣は私の頭を過ぎ、ベールを背後にあった石碑に打ち付けた。


……ッはぁ!!

止まっていた息が出たり入ったりを繰り返す。今日は首を絞められたり、切られたり、吊られたり狙われすぎている。おかしい。


恨めしい気持ちで振り返れば、目的はここだとわかった。


月明かりが照らし導かれるまま石碑にささったナイフを引き抜き、石碑の根元を掘り返していく。


「おい!占い師、どこに……って何をやっているんだ」


ものすごい早さで連れていかれたと思ったが、判事たちはすぐ追いついてきた。

荒い息のまま、私の背後に立つ。


「それは墓か」

「おそらくベス嬢のお母さまの眠る墓地でしょうね」


ザクザクとまだ柔らかい土を掘り返していくと、すぐガキンと当たる感触があった。

剣をポイッと投げると、穴から袋を引き出していく。


剣で袋を破いてしまったのか、ザラザラと銀貨銅貨が流れ出た。


「……埋蔵金、か?」


「土の柔らかさや浅さから考えると、これはベス嬢のへそくりでしょうね。家族を養うベス嬢の隠し財産といったところでしょうか」


硬貨はどれも鈍い色を放っている。判事が投げたような金貨は一枚も入っていない。


「彼女はこれを見つけて欲しかったのですね。こちらをご家族へお渡ししてほしいとおっしゃっています」

「おっしゃっていますって、占い師……まさか、気味の悪いことを言うのはよしてください」


どうやら怖いものが苦手仲間のザイス文官には申し訳ないが、そのまさかである。


「──それが占い師の秘密か」


月が明かりを届けない暗い森の影で、白くぼんやりと見えるベス嬢が嬉しそうにほほ笑んだ。



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